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黒瀬が、誰のために黙ったのか。
それを考え始めた瞬間、
真琴は、ある違和感に気づいた。
黒瀬の沈黙は、
誰かを守るには、少し不器用すぎる。
英雄的じゃない。
自己犠牲を誇示もしない。
同情を誘う言葉も、残していない。
「守るために黙った、っていうには……冷たすぎる」
玲が言った。
「うん」
真琴は頷く。
「“守ろう”とした人間なら、
少しは、伝わる形を残す」
黒瀬は、何も残していない。
説明も、暗示も、希望も。
残したのは――
結果だけだ。
有罪。
沈黙。
檻。
「じゃあ、目的は何?」
燈が問う。
真琴は、机の上の二つの年表を、指で並べた。
一つは、連続失踪事件。
もう一つは、不正事件の内部処理。
時間は、重なっている。
だが、決定的に違う点がある。
「……動き出す順番」
黒瀬は、
不正事件が“完全に終わった後”に動いている。
証言が確定し、
処理が完了し、
責任の所在が曖昧になった、その後。
「もし黒瀬が、
真実を暴きたい側だったなら」
真琴は、ゆっくり言葉を選ぶ。
「もっと早く、動いてる」
告発する機会はいくらでもあった。
内部告発。
メディア。
匿名の投書。
「でも、してない」
澪が言う。
「むしろ、
全部が終わってから、表に出てきてる」
「そう」
真琴は頷いた。
「まるで――
もう戻れない状態を、選んだみたいに」
沈黙が、少し重くなる。
「……誰かが、戻れなくなるのを防ぐため?」
燈が、半分冗談のように言った。
だが、誰も笑わなかった。
真琴は、久我の名前が入った資料を、そっと引き寄せる。
連続失踪事件の捜査指揮。
不正事件の一部関与。
報告書の文体。
「久我は」
真琴は、淡々と言った。
「黒瀬が語れば、
もう一度“選ばされる”」
正しさを取るか。
組織を取るか。
誰かを切るか。
歪めるか。
「……前にも、同じ状況があった」
玲が言う。
「冤罪が疑われた、昔の事件」
真琴は、視線を上げる。
「久我は、一度、
正しさを選ぼうとして――失敗してる」
だから、
次は選ばなかった。
選ばなかった、というより――
選べない場所に立ち続けた。
「黒瀬は、それを知ってた?」
澪が聞く。
真琴は、しばらく黙った後、答えた。
「……たぶん」
警察組織の癖。
報告書の書き方。
“踏み込まない”判断が出る瞬間。
黒瀬は、
久我という人間を、
かなり正確に理解していた。
「だから」
真琴は、静かに言う。
「語らなかった」
語れば、
真実は出る。
だが同時に、
久我は“もう一度、歪める側”に立たされる。
それを、
黒瀬は選ばなかった。
「守った、って言うより……」
燈が言葉を探す。
「引きずり込まなかった、か」
「うん」
真琴は頷いた。
「同じ側に」
沈黙は、
優しさじゃない。
正義でもない。
選別だ。
自分が背負うことで、
相手に背負わせない。
「だから、黒瀬は」
澪が言う。
「助けを求めなかった」
「そう」
真琴は、失踪事件のファイルを閉じる。
「助けを求めたら、
“選ばせてしまう”から」
黒瀬は、
救われることを拒否した。
それは、
潔さでも、諦めでもない。
「……同じ場所に立てる人間だからこそ、
やったこと」
玲が、低く言った。
真琴は、深く息を吸う。
黒瀬の沈黙は、
卑怯でも、逃げでもない。
それは――
もう一つの、決断だった。
机の上には、
まだ答えにならない資料が山積みだ。
だが、ひとつだけ、確定したことがある。
この事件は、
犯人探しの物語じゃない。
誰が、
どこで、選ばなかったかの物語だ。
真琴は、静かに言った。
「次は……
久我が、
“なぜ踏み込めなかったか”を見る」
それは、
黒瀬よりも、
ずっと生々しい地獄だった。