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コピー機の音が、やけに大きく響いていた。
夜の探偵社は人が少なく、白い光が床に反射して、奥行きだけが無駄に広い。
真琴は、出力された紙を一枚ずつ揃えながら、視線だけで内容を追っていた。
数字、注釈、署名欄。
どれも単体では「よくある不正」の範囲に収まる。
――少なくとも、表向きは。
「……ここ」
隣で立っていた玲が、小さく声を落とした。
指先が示したのは、決算期のズレ。
一度だけ、意図的に“空白”が作られている。
「偶然には見えない」
玲の口調は淡々としているが、語尾がわずかに硬い。
真琴は頷いた。
「消した、っていうより……空けた、か」
空白の期間に起きているのは、三件の失踪。
すでに書類上は整理され、関連性なしと結論づけられている。
「不正の処理と、人が消えたタイミングが重なってる」
玲は資料をめくりながら言った。
「でも、直接つながる線は、まだない」
「線はね」
真琴は、コピー用紙の端を揃え直す。
「引かれないこともある」
玲が一瞬、顔を上げた。
「引かれない?」
「引けないように、してある」
沈黙。
コピー機が最後の一枚を吐き出して、静かになった。
玲は、しばらく黙ってから言った。
「……この不正で、一番得をした人」
その言葉に、真琴の手が止まる。
「名前は出てる」
玲は続ける。
「でも、誰も“その人自身”を見てない」
真琴は、資料の束をまとめてクリアファイルに入れた。
視線は落としたまま。
「見てない、っていうより」
低く、言う。
「見なくて済む位置に、置かれてる」
玲は何も言わなかった。
ただ、無意識にペンを握り直している。
廊下の向こうで、エレベーターの到着音が鳴った。
誰かが降りてくる気配はない。
それでも、真琴は反射的にファイルを閉じた。
「今日はここまでにしよう」
そう言うと、玲は少し意外そうな顔をした。
「……珍しいね」
「夜に考えると、線を太く描きすぎる」
真琴は立ち上がる。
「細いままのほうが、見えることもある」
玲は小さく息を吐いて、頷いた。
「了解」
電気を落とし、二人は探偵社を出る。
最後に残ったのは、コピー機の横に置き忘れられた一枚。
空白の期間。
そこに、誰の名前も書かれていない。
――けれど、
“空けた人間”だけは、確かに存在していた。