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きょRa
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凪はそれから蒼の部屋に行かなくなった。
三日。
たった三日なのに、妙に長く感じる。
夜になると、いつも蒼の部屋の方を思い出してしまう。
あの騒がしい空気。
酒の匂い。
誰かの笑い声。
そして、蒼。
全部、嫌なはずなのに。
思い出すたびに胸の奥がざわつく。
自分でも分からない。
どうしてあんな場所に、あんなに長くいたのか。
四日目の夜だった。
凪は大学の帰りにコンビニに寄った。
レジで会計をしているとき、後ろから声がした。
「凪?」
振り向く。
蒼だった。
心臓が一瞬強く跳ねる。
蒼は普段通りの顔をしている。
驚いた様子もない。
ただ、少し眉を上げた。
「久しぶりじゃん」
その言い方が、妙に軽い。
凪の胸が少し痛む。
蒼は飲み物をカウンターに置きながら言う。
「最近来ないな」
まるで、ただの雑談みたいに。
凪は視線を逸らす。
「忙しい」
短い嘘。
蒼は「ふーん」とだけ言った。
それ以上は聞かない。
それが、余計につらい。
少しくらい理由を聞いてほしい。
そう思ってしまう自分が、嫌になる。
店を出る。
夜の空気は少し冷たい。
凪は歩き出す。
その後ろから足音がついてくる。
「送る」
蒼だった。
凪は振り向く。
「いい」
蒼は肩をすくめる。
「別にいいけど」
そう言いながらも、歩く速度は凪に合わせている。
結局、二人で同じ方向に歩くことになる。
沈黙。
街灯の光が、アスファルトに落ちている。
凪は何度も言いそうになる。
「もう蒼の部屋には行かない」
でも、言えない。
それを言った瞬間、本当に終わる気がするから。
しばらくして蒼が言う。
「怒ってる?」
凪は首を振る。
「怒ってない」
嘘ではない。
怒っているというより、
ただ傷ついているだけだった。
蒼は少し考える。
それから言う。
「じゃあなんで来ないの」
凪は答えない。
蒼は少しだけ笑う。
「ノリのこと?」
その言葉で、凪の足が止まる。
蒼も止まる。
街灯の下で、二人の影が並ぶ。
蒼は凪を見ている。
「気にしてんの?」
軽い声だった。
でも凪の胸には、またあの夜の空気が蘇る。
笑い声。
「ノリだよ」
蒼の言葉。
凪は静かに言う。
「……してない」
蒼は少し眉を寄せる。
「嘘」
凪の喉が詰まる。
何か言おうとして、言葉が出ない。
蒼は凪の顔を覗き込む。
距離が近い。
「顔に出てる」
低い声。
凪は視線を逸らす。
「蒼」
やっと言葉が出る。
「もうやめた方がいい」
蒼は少し首を傾ける。
「何を」
凪は答えない。
でも蒼は分かっている。
二人の間の、この曖昧な関係。
蒼はしばらく黙る。
それから、小さく笑った。
「お前さ」
少しだけ近づく。
凪の肩に手を置く。
「ほんと面倒くさい」
その言葉は、軽いはずなのに。
凪の胸には、深く刺さる。
蒼は続ける。
「嫌なら来なきゃいい」
凪はうなずく。
「うん」
蒼は少しだけ目を細める。
「でも」
肩の手に少し力が入る。
「来るんだろ」
凪は答えられない。
蒼は凪の顔を見て、小さく笑った。
「ほら」
静かな声。
「やっぱり」
その瞬間、凪は気づく。
蒼は分かっている。
自分が離れられないことを。
それでも――
やめようとはしない。
その残酷さが、胸の奥に重く沈む。