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ruruha
1,823
煎餅
21
放課後。
教室の半分だけが静かで、もう半分はまだ昼の余熱を残していた。
窓際の席に日下部が座っていると、ドアが二度だけ控えめに叩かれた。
「入っていい」
返事は短い。
入ってきた生徒は、鞄を肩から下ろさずに立ったまま言った。
「……すぐ終わります」
「座れ」
促されて、椅子に腰を下ろす。
けれど背もたれには寄りかからない。
「なんか、俺」
言葉を探す間がある。
「揉めそうになると、
止める側に回るんです」
日下部は「うん」とだけ言う。
「誰かが強く言いすぎたら、
ちょっと和らげたり、
話変えたり」
机の端を指でなぞる。
「別に頼まれてないのに」
「無意識か」
「多分」
小さく頷く。
「で、止まるんです。だいたい」
「だろうな」
「でも」
そこで声が少しだけ落ちる。
「やめたいんです」
日下部は視線を上げる。
「なんで」
「疲れるから」
即答だった。
「自分がやらないと、
ちょっと空気悪くなるんです」
「なるだろうな」
「それが嫌で、
結局やるんですけど」
短く笑う。
「自分がいないと回らないみたいで、
それもなんか嫌で」
矛盾を自覚している顔だった。
日下部は少しだけ姿勢を崩す。
「やめたら」
「崩れますよ」
「崩れるだろうな」
あっさり返す。
生徒が顔を上げる。
「止めないと、
そのまま言い合いになるかもしれないし」
「なるかもな」
「それ、見てるのもしんどい」
「だろうな」
肯定ばかり続く。
「……でも、
ずっと自分がやるのも、しんどい」
「だろうな」
同じ返し。
しばらく沈黙が落ちる。
「じゃあ、どうすればいいんですか」
少し苛立ちが混ざる。
日下部は机に指を置いたまま言う。
「やめたいなら、
全部はやめるな」
「え」
「いきなりゼロにすると、
場が荒れる」
「……」
「半分やめろ」
生徒は眉を寄せる。
「半分」
「全部の空気を整えようとするな」
淡々。
「一回くらい、
そのままにしとけ」
「でも」
「崩れたら、
崩れたで回る」
断言はしない。
ただ事実として置く。
「お前がいなくても、
人間関係は動く」
窓の外で、誰かが笑う声。
「止めないと壊れる関係なら、
最初から脆い」
少しだけ強い言葉。
生徒は黙る。
「……怖いです」
「だろうな」
「自分がやらなかったせいで、
空気悪くなったら」
「なるかもな」
日下部は視線を外さない。
「でも、それ」
一拍置く。
「お前の仕事じゃない」
静か。
「勝手に引き受けてただけ」
生徒の指が止まる。
「……そうかも」
「場の調整ってさ」
日下部は続ける。
「やればやるほど、
その役になる」
「……」
「役、降りたいんだろ」
小さく頷く。
「じゃあ、
降りる練習」
「いきなり全部は無理です」
「だから半分」
短く言う。
「今日は一個、
黙っとけ」
沈黙。
「……できるかな」
「できなくてもいい」
日下部は肩をすくめる。
「気づいた時点で、
もう半分降りてる」
生徒は立ち上がる。
「もし、空気悪くなったら」
「そのまま帰れ」
「え」
「お前の責任じゃない」
夕方の光が机に伸びる。
「場が崩れたら、
誰かが直す」
ドアの前で生徒が止まる。
「……自分じゃなくても?」
「自分じゃなくていい」
短い返答。
生徒は一度だけ頷いて、出ていった。
教室に残った静けさは、
誰が整えたわけでもないのに、
ちゃんと静かだった。
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