テラーノベル
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王宮の観測塔は、夜が明けても静まらなかった。
塔の窓からはまだ空が見える。
夜の黒は薄れ始めているが、星はいくつか残っている。
しかしその数は、前日の記録より明らかに少なかった。
机の上には紙が積み上がっている。
観測記録、緊急報告、各地から届いた通信。
羽ペンの跡が乱雑に走り、誰も整理する余裕がない。
「北方観測所、同現象」
一人の観測官が読み上げた。
「星の消失、確認」
別の者が続ける。
「東方沿岸都市、同じく」
「南方王国でも」
部屋の空気が重く沈んでいた。
王太子は窓の前に立って空を見上げている。
夜の終わりの空は青く薄れ始めている。
だが、その青の中にもまだいくつか星が残っていた。
「どれくらい消えた」
彼が聞く。
責任者の観測官が紙をめくった。
「王都上空だけで、昨夜三十七」
「世界では」
「報告が届いている分で……百を超えます」
王太子は黙った。
星は増え続けていたはずだった。減る理由はない。
「原因は」
誰も答えない。
観測官たちは顔を見合わせる。
やがて一人の若い学官が言った。
「……最初は観測ミスかと思いました」
彼は紙を指さす。
「ですが消失はすべて同じ特徴があります」
「特徴?」
王太子が振り返る。
「消え方です」
学官は窓の外を指した。
「星が暗くなるのではありません」
「消える」
彼は言う。
「一瞬で」
その言葉に、部屋が静まる。
王太子は空を見上げた。
「何かが起きている」
誰も否定しない。
そのとき、別の観測官が声を上げた。
「待ってください」
彼は望遠鏡を覗いている。
「西区画」
「何だ」
「……動いています」
部屋の空気が変わった。
「星がか?」
「違う」
観測官は息を飲む。
「星の近くに……何か」
望遠鏡の前に人が集まる。
交代で覗く。
そして一人が言った。
「……影だ」
「雲ではないのか」
「違う」
「星の前を横切った」
沈黙が落ちる。
影。
だが空には雲はない。
夜明けの空は澄んでいる。
「もう一度」
望遠鏡が動く。
しばらくして、観測官が低く言った。
「まただ」
「見えたのか」
「今度は三つ」
紙の上の記録係が手を止めた。
「星の数と一致しています」
「何が」
「消えた数です」
王太子がゆっくり言う。
「つまり」
誰も言葉を続けなかった。
その代わり、学官が静かに呟く。
「食べている」
誰かが顔を上げる。
「何を」
学官は空を指した。
「星を」
沈黙が落ちる。
誰も笑わない。
冗談には聞こえなかった。
王太子はしばらく空を見ていた。
「……星喰い」
彼が言った。
部屋の誰かがその言葉を紙に書く。
星喰い。
それが最初の呼び名になった。
その頃、王宮の庭園ではエリュネが同じ空を見ていた。
夜明けの青の中に、いくつかの星がまだ残っている。
だが昨日より少ない。
彼女は噴水の水面を見た。
そこに映る星も減っている。
「変ですね」
彼女は小さく言った。
背後で足音がした。
振り向くと王太子が戻ってきている。
「観測塔ですか」
「ああ」
彼は短く答えた。
「どうでした」
王太子は空を見た。
そして言う。
「星が消えている」
エリュネは少し驚いた顔をする。
「なぜ」
王太子は首を振った。
「まだ分からない」
少し間を置いて続ける。
「だが」
彼は空を指した。
「何かがいるらしい」
エリュネも空を見上げる。
青い空の中に星が浮かんでいる。
だがその光の間に、ほんの一瞬、何かが動いた気がした。
彼女は目を細める。
「……影?」
王太子は頷く。
「学者たちはそう言っている」
エリュネはもう一度空を見る。
星はまだ光っている。
だがその光は、どこか不安定に見えた。
人と人の関係が生む光。
そう理解されたばかりの星。
それが今、消え始めている。
理由はまだ誰にも分からない。
ただ一つだけ分かっていることがあった。
星は、何かに奪われている。
麗太
海の紅月くらげさん
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