テラーノベル
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10
ドアがノックされる。
「……いいですか」
「どうぞ」
生徒は入ってきて、そのまま座る。
少しだけ姿勢が固い。
「なんか、自分」
言葉を探す。
「頑張ってるつもりなんですけど」
日下部は軽く頷く。
「周りから、余裕ある感じに見られてて」
少し眉を寄せる。
「“いいよね、なんでもできて”とか。
“ストレスなさそう”って言われることが多くて」
短く息を吐く。
「全然そんなことないのに」
日下部はそのまま聞く。
「むしろ、結構ギリギリでやってること多くて。
裏でめっちゃ考えてるし、普通にしんどいときもあるんです」
少し声が落ちる。
「でも、それ言うと
“いやいや余裕じゃん”って返されて終わる」
視線が机に落ちる。
「だから、言うのやめて」
少しだけ間。
「結果、ずっと余裕ある人みたいになってます」
「見せてる部分だけで判断されてる」
日下部は言う。
生徒は少し顔を上げる。
「外から見えるのは、結果だけだから」
「……はい」
「過程は見えない」
淡々と続ける。
「だから、“できてる人=余裕ある人”って処理される」
生徒は黙る。
「でも、違いますよね」
「違う」
即答。
「ただ、それを毎回説明するのも無理」
生徒は苦笑する。
「無理です」
「じゃあどうするか」
日下部は続ける。
「全部分かってもらおうとしない」
生徒は少し止まる。
「え」
「見え方はある程度ズレる」
短く言う。
「それをゼロにするのは無理」
生徒は考える。
「でも、このままだとしんどいです」
「だから、出し方を変える」
「出し方?」
「たまに崩す」
短く言う。
生徒は少し驚く。
「崩す?」
「できないとこ見せるとか、疲れてるって言うとか」
日下部は続ける。
「全部じゃなくていい。
一回でいい」
生徒は黙る。
「それで変わります?」
「少しは変わる」
即答。
「“余裕ある人”ってラベルに、例外が入る」
生徒は考える。
「今は、ずっと同じ印象になってる状態」
「……はい」
「だから固定されてる」
少し間。
「あと」
「はい」
「“余裕ある人”って思われてるの、全部悪いわけじゃない」
生徒は顔を上げる。
「そうなんですか」
「頼られやすいし、評価は下がりにくい」
短く言う。
「ただ、その分、しんどさが見えにくい」
生徒は小さく頷く。
「じゃあ、完全に変える必要はないんですね」
「ない」
即答。
「少しだけズラす」
同じ調子で言う。
「それで十分」
生徒は立ち上がる。
「ちょっとやってみます」
「いい」
ドアの前で止まる。
「分かってもらえない前提で動くって感じですか」
「近い」
短く返す。
「その中で、少しだけ見せる」
ドアが閉まる。
頑張ってる人ほど、
頑張ってるように見えないことがある。
全部伝えようとすると疲れる。
少しだけ崩すくらいが、ちょうどいい。
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