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父が、個人で調べていたことは、最初から分かっていた。
公式の再調査記録は存在しない。
上申書も、再検討要請も、署名入りの書類もない。
あるのは、私物の手帳と、コピーされた資料だけだ。
「……警察として、じゃないんだね」
玲が、父の手帳を閉じながら言った。
「うん」
真琴は頷く。
「終わった事件を、終わってないと思っただけ」
それだけで、人は動ける。
警察官である前に、ひとりの人間として。
父が追っていたのは、不正事件そのものではない。
すでに処理され、成功として記録された案件。
裁かれたのは、末端。
上は残り、組織は揺れなかった。
父が見ていたのは、その後だ。
「……失踪のほうだ」
燈が、資料の束を見て言う。
三人。
不正事件で、証言する立場にいた人間。
「知らない」「関わっていない」と口を揃えた人物たち。
その後、消えた。
連続失踪事件。
被疑者は、黒瀬。
有罪判決。
事件は、終わっている。
「でも」
澪が、写真を一枚ずつ並べながら言う。
「おじさんが調べてたの、黒瀬じゃない」
「うん」
真琴は、父の手帳を開く。
そこには、何度も同じ言葉が書かれている。
――“語らなかった理由”
黒瀬が何をしたか。
それよりも、
なぜ語らなかったか。
父は、そこを追っていた。
父が動き始めたのは、連続失踪事件が終わった後だ。
黒瀬が檻に入り、
久我が昇進し、
すべてが「正しく」片付いた、その後。
「……遅い」
玲が言う。
「正義のタイミングとしては」
「でも」
真琴は答える。
「早かったら、父は警察でいられなかった」
父は、警察官だった。
だからこそ、
“警察として動けない時間”を選んだ。
個人として。
誰にも言わず。
責任も、庇護もない場所で。
父が掴んだのは、完全な証拠じゃない。
立件できる事実でもない。
ただ――
名前だ。
不正事件の中心人物。
公式には、何一つ罪に問われていない人物。
「……おじさんは、そこまで行ったんだ」
燈が、低く言う。
「行った」
真琴は頷く。
「そして、戻らなかった」
父の死は、事故として処理された。
単独。
第三者の関与なし。
書類は、整っている。
あまりに、整いすぎている。
「守られなかったんだ」
玲が、ぽつりと言った。
「うん」
父は、真実を使おうとした。
だから、切り捨てられた。
再調査者としてではない。
告発者としてでもない。
ただ、踏み込みすぎた個人として。
「……じゃあ」
澪が、視線を上げる。
「黒瀬は」
真琴は、少し間を置いて答えた。
「父の末路を、知ってたと思う」
誰かが真実を使ったとき、
何が起きるか。
警察の中で。
組織の外で。
守られない人間に、どういう結末が待つか。
黒瀬は、それを知っていた。
だから、語らなかった。
父は、真実を使おうとして死んだ。
黒瀬は、使わずに生き残った――檻の中で。
「……救いがないな」
燈が言う。
「ある」
真琴は、はっきり言った。
「まだ」
父は、途中で倒れた。
黒瀬は、途中で止まった。
久我は、最初から踏み込まなかった。
そして今、
真琴たちは、全部を知った。
「次は」
真琴は、資料をまとめながら言う。
「父が、できなかったことをやる」
告発はしない。
立件もできない。
黒幕の名前は、公式には使えない。
それでも――
真実を、使わないまま終わらせない。
それが、
父とも、黒瀬とも、違う選択。
机の上に残る、父の手帳。
最後のページに、短い走り書きがある。
――真実は、
――使った人間から、壊れていく
真琴は、静かにページを閉じた。
だからこそ、
どう使うかを、
選ばなければならない。
ようやく、
そこまで辿り着いた。