ドアが閉まると同時に、相談者は言った。
「空気読める側だけ損じゃない?」
蓮司は机に肘をつく。
「読めない側は楽だと思うか?」
「少なくとも疲れてなさそう。変な発言しても笑ってもらえるし、場が凍っても本人は気づいてない。結局、俺がフォロー入れて終わる」
「毎回か」
「毎回。誰かが空気壊す→俺が修正。誰かが言いすぎる→俺が薄める。沈黙→俺が話題出す。で、帰り道にどっと来る」
蓮司は少し考える。
「それ、才能」
「いらない」
「だろうな」
相談者は笑わない。
「気づけるのに、気づかないふりできないのが一番きつい。気づいた瞬間、もう俺の仕事になる」
「仕事にしてるのは自分だ」
「分かってる。でも放置すると荒れる」
「荒れてもいい日を作れ」
「無理」
「無理じゃない。荒れた空気は死なない。お前が毎回回収するから、全員のスキルが育たない」
相談者は黙る。
「お前がいると安定する。でもそれは、他が成長しない構造でもある」
「俺が甘やかしてる?」
「少しな」
沈黙。
「でもさ、空気悪いまま終わるの、耐えられない」
「それはお前の問題だ」
「きついな」
「事実。空気は共同責任。お前一人で背負うものじゃない」
相談者は机を見る。
「じゃあどうすれば」
「修正を半分にしろ。全部直すな。2個気づいたら1個だけ触る。もう1個は放置」
「見えてるのに放置?」
「そう。気づける=やらなきゃいけない、じゃない」
少し間。
「俺がやらなかったら?」
「そのとき初めて、全員が“あ、やばい”って学習する」
「今までは?」
「お前が裏で全部処理してたから、やばさが共有されてない」
相談者は息を吐く。
「俺さ、空気読めるの誇りだった」
「今も誇れ」
「でも疲れる」
「読めるのは武器。常時ONにするな」
「切れるの?」
「切れない。でも出力下げられる」
「どうやって」
「即反応しない。3秒待つ。誰かが動く可能性に賭ける。それで動かなかったら、そこで初めて触る」
相談者は小さく笑う。
「3秒ルールか」
「万能じゃないけど効く」
立ち上がる。
「俺がいなくても回るかな」
「少し荒れて、少し学んで、だんだん回る」
「俺の役目減る?」
「減らせ」
ドアの前で止まる。
「空気読める側ってさ」
「何だ」
「優しいんじゃなくて、怖いだけかも」
「何が」
「嫌われるのが」
蓮司は肩をすくめる。
「両方だな」
ドアが閉まる。
空気が読めるのは強さだ。
でも、
全部背負う必要はない。
読めることと、背負うことは別だ。






