テラーノベル
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朝のホームルーム前、すでに配置は決まっている。
誰が最初に声を出すか。
誰が笑うか。
誰が触るか。
誰が止めないか。
決めた人間はいない。
だが全員、知っている。
遥の席は窓側の後ろから二番目。
黒板も教師も、そこまでは届かない。
「立て」
命令は、静かに落ちてくる。
遥は立つ。
反射で立つ。
考える前に体が動く。
それを見て、数人が笑う。
「早いな」
「躾けられてる」
机が一つ、後ろから押される。
膝裏に当たる。
体勢が崩れる。
誰も支えない。
床に手をついた瞬間、
上から声が降る。
「今日の当番、誰だっけ」
「俺」
「じゃあやれよ」
蹴る。
殴る。
物をぶつける。
どれも珍しくない。
日常の範囲。
授業前の準備運動みたいなものだ。
教師はまだ来ていない。
来ても、何も変わらない。
入ってきても、配置は変わらない。
見ても、言わない。
言っても、「やめろ」で終わる。
終わらないのは、遥だけだ。
「声出すな」
誰かが言う。
遥は声を出さない。
出すと長引くと知っている。
黙っていると、
“わかってる”と判断される。
その評価は、次の暴力の免除にはならない。
ただ、進行がスムーズになる。
机の角が肩に当たる。
ノートが床に散る。
拾う前に踏まれる。
笑い声が重なる。
「授業始まるぞ」
「じゃ終わり」
「今日軽いな」
軽い。
誰かがそう言う。
遥は立ったまま、
ノートを拾う。
ページが破れている。
書いた文字は読める。
読めるなら問題ない。
席に戻る。
椅子は少しずれている。
戻す。
教師が入ってくる。
「席つけー」
全員座る。
さっきまで立っていた遥だけが、
一瞬遅れる。
教師は黒板を見る。
出席簿を見る。
クラスを見る。
遥は見ない。
見ないことも、制度の一部だ。
このクラスでは、
遥は“対象”で、
全員が“関与者”。
殴った人間だけが加害者ではない。
笑った人間だけでもない。
止めなかった人間も、
目を逸らした人間も、
日常として受け入れた人間も。
全員が、構造の中にいる。
だからこれは事件にならない。
毎日だから。
予定通りだから。
役割が決まっているから。
制度だ。
遥はノートを開く。
ページの端が破れている。
そこに、さっき踏まれた靴跡がある。
指でなぞる。
消えない。
消えないが、問題はない。
書ける。
授業は受けられる。
出席もつく。
生きている扱いはされる。
それで十分だと、
全員が思っている。
遥自身も。
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