テラーノベル
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相談室のドアは、最後まで閉められていなかった。
少しだけ開いた隙間から、廊下の足音が遠くに流れていく。
「……ここ来るのも、結構迷った」
椅子に腰を下ろしながら、そう言った声は疲れていた。
「来たなら、もういいだろ」
日下部はそう返して、視線を向ける。
「なんでも、決められなくて」
「選択?」
「はい」
一拍置く。
「進路とか、部活とか、友達との約束とか」
「……」
「どっちでもいいことほど、決められない」
日下部は眉を寄せる。
「どっちでもいいなら、楽そうだけどな」
「逆です」
即答だった。
「どっち選んでも、後悔しそうで」
言葉が少し詰まる。
「間違えたくないって思うほど、何も選べなくなる」
日下部は、机に手を置いたまま聞いている。
「決めないでいると?」
「一瞬、楽です」
苦笑する。
「でも、あとで自分に腹立つ」
「なんで?」
「他の人は進んでるのに、自分だけ止まってる感じがして」
沈黙。
日下部は少し考えてから言った。
「それ、“優柔不断”じゃない」
「え」
「責任をちゃんと想像してるだけ」
相手は目を瞬かせる。
「決めたあとに起きること、全部考えてるだろ」
「……はい」
「それ、逃げじゃない」
断定でも慰めでもない声。
「むしろ、覚悟が重すぎる」
その言葉に、呼吸が一段深くなる。
「でも、決められない自分って」
「ダメだと思ってる?」
「はい」
日下部は、少し困ったように首を傾けた。
「じゃあさ」
「……」
「今まで、勝手に決められてきたこと多くないか」
一瞬、言葉が止まる。
「……あります」
「決められてきた人ほど、自分で選ぶのが怖くなる」
相手は、何も言えずに視線を落とす。
「決めるって、自由だけど」
日下部は続ける。
「同時に、全部引き受けるってことだからな」
「……重いですね」
「重い」
はっきり頷く。
「だから、迷うのは普通」
少し間を置いてから、言い足す。
「むしろ、雑に決められる方が危ない」
相手の口元が、わずかに緩む。
「じゃあ」
「うん」
「決められないままでも、いい時期ってありますか」
日下部は即答しなかった。
でも、逃げもしなかった。
「ある」
「……」
「選ばないことで、守ってるもんがあるならな」
その言葉は、不思議と胸に残った。
「決めるのが怖い自分を」
日下部は視線を上げる。
「嫌いになる必要はない」
「……」
「そいつは、今までちゃんと考えて生きてきた証拠だ」
相談室に、また風の音が入る。
さっきより、少しだけ穏やかだった。
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