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神殿の奥は、まだ焦げた匂いが残っていた。
祝福の水晶があったはずの場所は空だ。
砕けた破片も、もう片付けられている。
ただ、台座だけが残っている。
白い石の台。
そこに、一人の神官が立っていた。
老いた男だ。
名前は誰も覚えていない。
儀式を何十年も見てきた神官。
彼はゆっくりと台座に手を置く。
「……静かだな」
誰に言うでもなく呟く。
昔は違った。
ここには光があった。
祝福の輝き。
選ばれる歓声。
祈り。
神の声が聞こえると言う者もいた。
神官はそれを一度も聞いたことがない。
だが。
光は確かにあった。
選ばれた者たちの未来を照らす光。
それが今はない。
神殿は沈黙している。
若い神官が奥から出てくる。
「師よ」
「なんだ」
「……本当に、神は消えたのでしょうか」
老神官は笑った。
「お前はどう思う」
若い神官は答えない。
ただ、空の台座を見る。
「祝福は消えました」
「そうだな」
「儀式も終わりました」
「そうだ」
「神殿の力も弱まっています」
老神官はゆっくり頷く。
「それで?」
若い神官は言葉を選ぶ。
「それでも」
少し間。
「“何か”は残っている気がします」
老神官は目を細めた。
「何が」
若い神官は台座を見る。
「……仕組みです」
その言葉に、老神官は静かに笑う。
「いいところに気づいた」
杖で床を軽く叩く。
石の音が響く。
「神は」
老神官は言う。
「最初から、いなかったのかもしれない」
若い神官が顔を上げる。
「え」
「祝福は装置だった」
「……」
「世界を回すための仕組み」
老神官は台座を撫でる。
「神が作ったのか。
それとも誰かが“神と呼んだ”のか。
わからない」
神殿の天井は高い。
昔はそこに光が満ちていた。
今はただの空間だ。
若い神官が言う。
「では……終わったのでしょうか」
老神官は首を振る。
「終わり?」
小さく笑う。
「むしろ始まりだ」
若い神官は困惑する。
老神官はゆっくり言う。
「装置は壊れた」
「はい」
「だが」
杖が台座を軽く叩く。
「世界はまだ動いている」
沈黙。
風が神殿の窓を通る。
若い神官が小さく言う。
「……つまり」
老神官は頷く。
「装置は一つではなかった」
その言葉が落ちた瞬間。
神殿の奥で、微かな音がした。
カチ。
小さな音。
機械のような。
二人は同時に振り向く。
暗い回廊の奥。
誰もいない。
音ももうない。
若い神官が言う。
「今のは」
老神官はしばらく黙る。
それから、ゆっくり笑った。
「さあな」
杖をつく。
出口に向かって歩き出す。
「だが一つだけ言える」
振り返らずに言う。
「神は消えたかもしれない」
足音が響く。
「だが」
神殿の奥、暗闇。
誰もいないはずの場所で。
また、微かな音。
カチ。
老神官は歩きながら続ける。
「神の“仕事”は、まだ終わっていないらしい」