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政略上、仲睦まじく見せる必要がある。
そのための夜会だった。
王太子の隣に立つエリュネ・ノクシアへ、幾重もの視線が注がれる。
貴族たちの色が揺れる。好奇、嫉妬、打算。
「手を」
小さな声で、彼が言う。
公の場だ。
エリュネは素直に右手を差し出す。
触れた瞬間、周囲の金色が一斉に強まる。
理想の婚約者像が補強される。
だが、彼の金色だけが違った。
揺れた。
大きく、深く。
握る力が、わずかに強い。
「……痛いです」
「ああ」
すぐに緩む。
エリュネの色は、変わらない。
無色のまま。
それが、彼には分かっている。
「君は、何も感じないのか」
笑みを浮かべたまま、囁く。
「今の接触に関してですか」
「ああ」
「必要な演出だと認識しています」
合理的な返答。
彼は一瞬、視線を伏せる。
「そうか」
夜会の中央で、音楽が鳴る。
形式的な舞踏。
「一曲、付き合ってくれ」
「命令ですか」
「……頼みだ」
わずかな言い直し。
エリュネは頷く。
踊りの距離は近い。
肩に置かれた手の温度。
腰に触れる指先。
彼の金色は、静かに乱れている。
「君は、怖くないのか」
「何がでしょう」
「私が、君に何かを期待しているかもしれないことが」
音楽に紛れる低い声。
「期待は合理性を損なう場合があります」
「分かっている」
苦い笑み。
「だが、抑えきれないものもある」
エリュネは彼の胸元を見上げる。
そこに広がる金色は、これまで見たどの記録よりも静かで、しかし濃い。
「殿下は、私を愛しているのですか」
直截な問い。
彼の足が、わずかに乱れる。
「……愛、か」
言葉を探す沈黙。
「君は、愛を定義できるか」
「できません」
「私もだ」
音楽が終わる。
周囲から拍手が起こる。
完璧な王太子と王妃候補。
#独占欲
理想的な一対。
だが彼の掌は、まだ彼女を離さない。
「私は、君が何も感じないと知っている」
「はい」
「それでも、隣にいてほしいと思う」
初めて、金色が揺れを隠さない。
「それは非合理です」
「承知している」
彼はようやく手を離す。
「だが、私は王になる前に、一人の人間だ」
その言葉は、観測者ではない声だった。
夜会が終わり、回廊へ戻る。
静寂。
「先ほどの発言は、公的なものではありません」
エリュネが言う。
「分かっている」
「私は殿下を愛せません」
事実確認。
彼は立ち止まる。
「知っている」
それでも。
「それでも、私は期待してしまう」
視線がぶつかる。
彼の金色は、今やはっきりと濃い。
「君が、私を選び続けると言ったとき」
観測塔での言葉。
「胸が、締めつけられた」
エリュネは思い出す。
あのときの微細な振動。
遠くで瞬いた透明な光。
「それは、愛でしょうか」
「分からない」
正直な答え。
「だが、私は君を失いたくない」
初めての、明確な欲求。
エリュネの胸に、またあの微細な振動が走る。
痛みではない。
熱でもない。
だが確実に、何かが動く。
同時に、夜空の一角で。
透明な光が、強く脈打った。
王太子も気づく。
「……まただ」
窓越しに見る無色の明滅。
「君が揺れたとき、強まる」
「私は揺れていません」
「今、揺れた」
断言。
エリュネは胸に手を当てる。
確かに、先ほどより鼓動が速い。
だが色は出ない。
「私は、君に色を求めない」
彼は静かに言う。
「ただ、隣にいてくれ」
それは告白に近い。
だが告白ではない。
彼女は考える。
愛せない。
だが、離れたくもない。
「私は、殿下を選びます」
いつもと同じ言葉。
しかし今夜は、わずかに間があった。
その刹那。
空の透明な光が、これまでで最も強く輝いた。
色はない。
記録もされない。
だが、確かに。
王太子の想いは、夜空に応答されていた。