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王宮の地下には、歴代王妃の記録庫がある。
石造りの回廊は冷え、壁面には無数の水晶板が埋め込まれている。そこに、王妃たちが星を生んだ夜の感情波形が保存されているのだという。
エリュネは案内役の学官に伴われ、最奥へ進んだ。
「婚約者として、閲覧権が与えられました」
学官の声は乾いている。
彼の周囲には淡い緑と、職務上の無感動を示す薄灰。
一枚の水晶板が灯る。
そこに映るのは、若き日の王妃。
胸元から溢れる金色が、夜空へと伸びていく。
波形は急激で、激しい。
「強い愛情反応です。直後に新星が発生しました」
別の板。
こちらは緩やかな光。
「持続型。星は小さいですが、長命です」
エリュネは無言で見つめる。
すべて、金。
濃淡はあれど、色は同じ。
「例外は」
問いは静かだった。
学官は一瞬ためらい、やがて首を振る。
「確認されておりません」
つまり、無色は前例がない。
記録庫を出ると、回廊の先に王太子が立っていた。
「見たか」
「はい」
「どう思う」
思考を探る。
だが浮かぶのは分析だけ。
「星は感情の強度に比例しているように見えます」
「比例、か」
彼は低く繰り返す。
「だが強度が高いほど、統治は不安定になっている」
エリュネは視線を上げる。
「愛に傾いた王妃は、政策に口を出し、対立を生んだ。逆に感情を抑えた王妃は、星を生めなかった」
均衡がない。
「王に必要なのは、爆発ではなく持続だ」
彼の金色は今日も安定している。
「君は星を生まないだろう」
「はい」
「だが、君は揺れない」
それは評価だった。
「揺れない王妃は、国を傾けない」
「国を強めもしません」
「それを確かめたい」
彼の言葉は、どこか研究者のようだ。
「星が愛以外で生まれる可能性を」
エリュネは夜空を思い出す。
観測不能と報告された微光。
「殿下は、星を疑っておられる」
「疑っているのは理由だ」
彼は歩き出し、エリュネも並ぶ。
「この国は、愛を資源としてきた。だが資源に依存すれば、枯渇もする」
回廊の窓から、王都が見下ろせる。
人々の色が遠くで揺れている。
「君は、私の実験だ」
唐突な言葉。
「不快か」
「合理的です」
本心だった。
彼は一瞬、沈黙する。
「君は怒らないのか」
「怒りが発色しないため、判断が難しいだけです」
彼の金色がわずかに乱れ、すぐ整う。
「……そうか」
階段を上る途中、彼は立ち止まった。
「エリュネ」
「はい」
「君は、本当に何も感じないのか」
初めて、問いの調子がわずかに低い。
彼女は自分の内側を探る。
記録庫での光景。
歴代王妃の金色。
自分の無色。
「感じているのかもしれません。ただ、色として定義されないだけで」
「定義、か」
「この国は、色を感情と呼んでいます。ですが、色にならないものが存在しないとは限りません」
王太子はじっと彼女を見る。
その視線の中に、初めて微かな迷いが混じる。
「色にならないもの……」
そのとき。
遠くで鐘が鳴った。
観測塔からの合図。
王太子の表情が変わる。
「新たな星の報告か」
急ぎ足で上階へ向かう。
観測室では学官たちが騒然としていた。
「北東空域、再び微弱反応」
「色は」
「やはり、判別不能です」
天文盤の上に、かすかな点が灯る。
淡く、透明な光。
記録用の水晶板は反応しない。
色を持たないため、記録基準を満たさないのだ。
エリュネはそれを見つめる。
胸元に手を当てる。
何も変わらない。
鼓動も、熱も。
だが。
天文盤の透明な点は、ゆっくりと明滅している。
王太子が低く呟く。
「愛ではないとしたら、何だ」
誰も答えない。
無色は、記録されない。
だが、消えてもいない。
王の条件とは何か。
星の条件とは何か。
定義が揺らぎ始めていた。