テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!
観測塔は王宮の最上部にある。
昼でも薄暗く、夜になればほとんど闇と変わらない。
中央に据えられた天文盤だけが、空と同調して微かな光を宿している。
エリュネ・ノクシアは、その円形の部屋に一人で立っていた。
本来、婚約者が立ち入る場所ではない。
だが王太子の許可が出ている。
「記録に残らない光を、どう扱うべきか」
彼の言葉を思い出す。
透明な点は、今夜も北東空域に現れていた。
色はない。
だが、消えない。
天文盤の表面に手をかざす。
水晶が冷たい。
「触れても意味はない」
背後から声がする。
王太子だった。
彼はいつものように金色をまとっている。
だが今夜は、わずかに緊張が混じっていた。
「観測は感情反応と連動している。色がなければ、盤は記録できない」
「では、存在していないことになるのですか」
「制度上は、そうだ」
制度上。
言葉は静かだが、否定の含みがある。
「殿下は、あれを星とお考えですか」
「分からない。だが二度も出現している。偶然とは言い難い」
彼は天文盤を操作する。
既存の星々が浮かび上がる。
どれも淡く金を帯びている。
「この国は、星を感情の証明にしてきた。色がなければ価値がない、と」
「色は分かりやすいから」
エリュネは答える。
「視認できる。数えられる。評価できる」
「その通りだ」
彼はわずかに笑う。
「だが、評価できないものは存在しないと決めつけてきた」
沈黙。
観測塔の窓から、王都の灯りが遠く瞬く。
人々の色はここからは見えない。
「君は、なぜ動じない」
唐突な問い。
「何に対してでしょう」
「無色と呼ばれ、欠陥と見なされても」
エリュネは考える。
傷つく、という感覚を思い出そうとする。
だがそれは、いつも他者の色として観測してきたものだ。
「欠陥と定義されたのは、色がないからです」
「違うのか」
「分かりません。ただ、色がないことと、感情がないことは同義ではないと思っています」
彼の金色が、静かに揺れる。
「ならば、君の感情はどこにある」
「観測されない場所に」
それは説明というより、仮説だった。
王太子は天文盤から手を離す。
「観測されないものを、どうやって国に示す」
「示さなければ、存在しないのですか」
問い返し。
彼は答えない。
しばらくして、低く言う。
「私は観測者だ」
「殿下が」
「王になる者は、国の動きを観測し、判断する。だが今、私は見えていない」
透明な点が、また明滅する。
「君と婚約してからだ」
その言葉に、わずかな重みがある。
エリュネの胸元に手が触れる。
鼓動は変わらない。
「因果関係は証明されていません」
「否定もされていない」
金色が強くなる。
「君は何も生まないはずだった」
「はい」
「だが、あれは現れた」
観測不能の光。
制度に組み込まれない存在。
「もし、あれが星だとしたら」
彼は続ける。
「この国は、愛の定義を誤っていることになる」
塔の外で、夜風が強まる。
天文盤がかすかに軋む。
エリュネは透明な点を見つめる。
色がない。
だが、消えない。
「殿下」
「何だ」
「私は、星を生むつもりはありません」
「知っている」
「ですが」
言葉を選ぶ。
「隣に立つことは、選び続けます」
王太子の金色が、一瞬だけ大きく揺れた。
驚きか、別の何かか。
「それは契約の確認か」
「はい」
合理的な返答。
それなのに、観測塔の空気がわずかに変わる。
透明な光が、わずかに強まる。
色はない。
記録もされない。
だが確実に、応答している。
王太子はそれを見つめ、低く呟く。
「観測できないものに、どう名前を与える」
エリュネは答えない。
まだ、その言葉を持っていない。
だが夜空のどこかで、
無色の光は確かに広がり始めていた。