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#独占欲
観測塔は王宮の最上部にある。
昼でも薄暗く、夜になればほとんど闇と変わらない。
中央に据えられた天文盤だけが、空と同調して微かな光を宿している。
エリュネ・ノクシアは、その円形の部屋に一人で立っていた。
本来、婚約者が立ち入る場所ではない。
だが王太子の許可が出ている。
「記録に残らない光を、どう扱うべきか」
彼の言葉を思い出す。
透明な点は、今夜も北東空域に現れていた。
色はない。
だが、消えない。
天文盤の表面に手をかざす。
水晶が冷たい。
「触れても意味はない」
背後から声がする。
王太子だった。
彼はいつものように金色をまとっている。
だが今夜は、わずかに緊張が混じっていた。
「観測は感情反応と連動している。色がなければ、盤は記録できない」
「では、存在していないことになるのですか」
「制度上は、そうだ」
制度上。
言葉は静かだが、否定の含みがある。
「殿下は、あれを星とお考えですか」
「分からない。だが二度も出現している。偶然とは言い難い」
彼は天文盤を操作する。
既存の星々が浮かび上がる。
どれも淡く金を帯びている。
「この国は、星を感情の証明にしてきた。色がなければ価値がない、と」
「色は分かりやすいから」
エリュネは答える。
「視認できる。数えられる。評価できる」
「その通りだ」
彼はわずかに笑う。
「だが、評価できないものは存在しないと決めつけてきた」
沈黙。
観測塔の窓から、王都の灯りが遠く瞬く。
人々の色はここからは見えない。
「君は、なぜ動じない」
唐突な問い。
「何に対してでしょう」
「無色と呼ばれ、欠陥と見なされても」
エリュネは考える。
傷つく、という感覚を思い出そうとする。
だがそれは、いつも他者の色として観測してきたものだ。
「欠陥と定義されたのは、色がないからです」
「違うのか」
「分かりません。ただ、色がないことと、感情がないことは同義ではないと思っています」
彼の金色が、静かに揺れる。
「ならば、君の感情はどこにある」
「観測されない場所に」
それは説明というより、仮説だった。
王太子は天文盤から手を離す。
「観測されないものを、どうやって国に示す」
「示さなければ、存在しないのですか」
問い返し。
彼は答えない。
しばらくして、低く言う。
「私は観測者だ」
「殿下が」
「王になる者は、国の動きを観測し、判断する。だが今、私は見えていない」
透明な点が、また明滅する。
「君と婚約してからだ」
その言葉に、わずかな重みがある。
エリュネの胸元に手が触れる。
鼓動は変わらない。
「因果関係は証明されていません」
「否定もされていない」
金色が強くなる。
「君は何も生まないはずだった」
「はい」
「だが、あれは現れた」
観測不能の光。
制度に組み込まれない存在。
「もし、あれが星だとしたら」
彼は続ける。
「この国は、愛の定義を誤っていることになる」
塔の外で、夜風が強まる。
天文盤がかすかに軋む。
エリュネは透明な点を見つめる。
色がない。
だが、消えない。
「殿下」
「何だ」
「私は、星を生むつもりはありません」
「知っている」
「ですが」
言葉を選ぶ。
「隣に立つことは、選び続けます」
王太子の金色が、一瞬だけ大きく揺れた。
驚きか、別の何かか。
「それは契約の確認か」
「はい」
合理的な返答。
それなのに、観測塔の空気がわずかに変わる。
透明な光が、わずかに強まる。
色はない。
記録もされない。
だが確実に、応答している。
王太子はそれを見つめ、低く呟く。
「観測できないものに、どう名前を与える」
エリュネは答えない。
まだ、その言葉を持っていない。
だが夜空のどこかで、
無色の光は確かに広がり始めていた。
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