夜になっても、資料は片付かなかった。
誰かが新しい情報を持ってきたわけでもない。
電話が鳴ったわけでもない。
それでも、
さっきまでと同じ資料を見ているはずなのに、見え方が、微妙に変わっていた。
真琴は、失踪者の名簿をもう一度開いた。
三枚。
並び順も、さっきと同じ。
だが、今はもう「似ていない」とは思わなかった。
「……三人ともさ」
独り言のように言う。
「何も間違ってない」
証言内容に矛盾はない。
手続きも、判断も、形式上は正しい。
誰かを陥れた形跡もない。
ただ、必要な位置に、必要なことを言っただけだ。
「それなのに、消えた」
玲が小さく頷く。
「不正を“成立させた責任”を、個人に負わせられない配置だった」
澪が、資料を指で押さえた。
「だから逆に、責任を持ててしまう存在が残ると、困る」
真琴は、その言葉を反芻する。
責任を持てる存在。
全体を説明できてしまう存在。
それは、告発者でも、被害者でもない。
「……説明できる人間がいるとさ」
燈が、ぽつりと言った。
「“偶然”って言えなくなる」
誰も、すぐには返事をしなかった。
この不正は、
偶然で終わっていなければならない。
誰かの悪意でも、
誰かの失敗でもなく、
「仕方なかった」で処理される必要がある。
そのためには、
構造を説明できる人間は、
存在してはいけない。
「だから三人は――」
澪が言いかけて、言葉を止める。
「……消えた」
真琴は、ゆっくりと名簿を閉じた。
殺された、とは言えない。
消された、とも断言できない。
ただ、成立した流れの中で、不要になった。
それだけだ。
「黒瀬は例外」
玲が言う。
「消せなかった」
「うん」
真琴は短く答えた。
「消すより、意味を歪めた方が楽だった」
誰かを消せば、説明が必要になる。
だが、罪を被せれば、
話は“終わったこと”になる。
沈黙が落ちる。
真琴は、父の手帳を閉じたまま、机の端に置いた。
もう引用する必要はない。
言葉は、十分に染み込んでいる。
「次に見るべきなのは」
真琴は、視線を上げずに言った。
「この不正が、誰にとって一番、都合がよかったか」
犯人じゃない。
主導者でもない。
ただ、
この形が“成功したまま”でいることで、
何も失わなかった人間。
「まだ、確定はいらない」
澪が頷く。
「でも――」
「うん」
真琴は、静かに続けた。
「線は、もう戻らない」
机の上には、相変わらず三枚の名簿がある。
だがそれはもう、
過去の事件じゃなかった。






