テラーノベル
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10
放課後。
ノックは少し弱い。
「入っていいですか」
「どうぞ」
生徒は椅子に座ると、すぐには話さなかった。けれど沈黙が長引く前に口を開く。
「仲いい友達、いるんです」
「うん」
「一緒に帰ったり、休み時間もだいたい一緒で」
少し指をいじる。
「でも」
言葉を選ぶ。
「急に、何話せばいいか分からなくなるときがあって」
日下部はそのまま聞く。
「気まずくなる?」
「はい。相手は普通なんですけど、自分だけ止まる感じで」
少し笑う。
「さっきまで普通に話してたのに、急にネタ切れみたいになるんです」
「それで焦るか」
「めっちゃ焦ります」
即答する。
「何か話さないとって思うほど、何も出てこなくて」
日下部は軽く頷く。
「それ、関係が悪いわけじゃない」
生徒が顔を上げる。
「え」
「むしろ逆」
短く言う。
「慣れてるから、無理に話題を探す力が落ちてる状態」
生徒は少し考える。
「そんなことあるんですか」
「ある」
「人は安心してる相手ほど、“沈黙を埋める努力”をしなくなる」
生徒は黙る。
「でも、自分だけ気にしてると」
「はい」
「一人で焦って、一人で空回る」
少し苦笑する。
「それ、まさにそれです」
日下部は続ける。
「で、対処」
生徒は姿勢を少し正す。
「二つある」
「はい」
「一つは、無理に埋めない」
生徒は一瞬固まる。
「え」
「沈黙=悪いものって決めつけない」
日下部は言う。
「仲いいなら、何も話してない時間があっても関係は崩れない」
生徒は少し考える。
「たしかに……向こうは気にしてなさそうです」
「だろうな」
「でも自分は気になるんです」
「それが二つ目」
日下部は続ける。
「話題を“作る”んじゃなくて、“拾う”」
「拾う?」
「目の前のものからでいい」
短く言う。
「“今日暑くない?”でもいいし、“あの人また寝てる”でもいい」
生徒は少し笑う。
「それでいいんですか」
「いい」
はっきり言う。
「仲いい相手との会話は、中身より流れ」
生徒はゆっくり頷く。
「ちゃんとした話しなきゃって思ってました」
「その必要はない」
「雑でいい」
日下部は言う。
「雑に続くほうが、関係は長持ちする」
生徒は小さく息を吐く。
「ちょっと楽になりました」
立ち上がる。
ドアの前で振り返る。
「話すことない時間も、別に失敗じゃないんですね」
「そうだな」
短く答える。
ドアが閉まる。
仲がいいほど、会話は“頑張らない形”に変わっていく。
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