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ruruha
放課後。
窓の外では運動部がまだ声を出している。
生徒は椅子に座ったまま、珍しくなかなか話し始めない。
遥も待つ。
やがて、生徒が口を開いた。
「……別に、その人が悪いわけじゃないんです」
遥は何も言わない。
「むしろ、いい人です」
一拍。
「でも」
言葉が詰まる。
「家族の話とか聞いてると」
視線が落ちる。
「苦しくなる」
教室が静かになる。
「どんな話だ」
短く。
「普通の話です」
生徒は苦笑する。
「親と出かけたとか、家で一緒にゲームしたとか、誕生日祝ってもらったとか」
一拍。
「そんなの」
少し間が空く。
「別に自慢でもないし、普通の会話なのに」
沈黙。
「なんか聞いてられなくなる」
遥は机に指を置く。
「羨ましいのか」
短く。
生徒は少し考える。
「……多分」
そして首を振る。
「いや」
小さく息を吐く。
「羨ましいだけじゃないです」
遥は黙っている。
「悔しいというか、腹立つというか」
一拍。
「なんで自分にはなかったんだろうってなる」
教室の空気が少し重くなる。
遥は否定しない。
「そうなるだろうな」
短く。
生徒は少し驚いた顔をする。
「……性格悪いと思ってました」
遥は視線を向ける。
「なんで」
「だって」
生徒は言う。
「相手は何も悪くないのに勝手に苦しくなってるから」
遥は少しだけ間を置く。
「苦しいのは」
短く。
「相手の幸せを見たからじゃない」
生徒は止まる。
遥は続ける。
「自分が失ったものを思い出したからだ」
教室が静まる。
生徒は何も言わない。
「普通に話してるだけの相手が」
遥は言う。
「悪いわけじゃない」
一拍。
「でも、その話が」
少し間。
「傷の位置に当たることはある」
沈黙。
生徒はゆっくり頷く。
「……あります」
小さく。
「家族旅行の話とか、親と仲いい話とか」
一拍。
「聞いてると、自分だけ別の世界みたいで」
遥は言う。
「比べるからな」
短く。
「しかも」
一拍。
「努力じゃ埋まらない部分だ」
教室が静まる。
生徒は顔を上げる。
遥は続ける。
「勉強なら追いつけるかもしれない。部活もそうだ」
一拍。
「でも、子どもの頃にもらえなかったものは」
短く。
「今から取り返せない」
沈黙。
その言葉は重かった。
生徒もすぐには返せない。
「……それです」
やっと出た声は小さい。
「頑張れば何とかなる話じゃない」
一拍。
「だから余計にしんどい」
遥は何も否定しない。
しばらく静寂が落ちる。
遠くでホイッスルが鳴る。
「でもな」
遥が言う。
生徒は顔を上げる。
「一個だけ勘違いしてる」
短く。
「……何ですか」
遥は窓の外を見る。
「普通の家庭で育ったやつは」
一拍。
「幸せなやつじゃない」
教室が静まる。
生徒は眉を寄せる。
「……え」
遥は続ける。
「傷の種類が違うだけだ」
短く。
「苦しみがないわけじゃない」
沈黙。
「ただ」
一拍。
「お前が羨ましい部分はある」
教室の空気が少し変わる。
生徒は黙って聞いている。
「だから」
遥は言う。
「羨ましいと思うこと自体はやめなくていい」
短く。
「無理だからな」
一拍。
「羨ましいなら羨ましいでいい」
沈黙。
「じゃあ」
生徒は言う。
「どうしたらいいんですか」
遥は少し考える。
「その人を見続けるな」
短く。
生徒は止まる。
「……逃げろってことですか」
遥は首を振らない。
「違う」
一拍。
「比較を続けるな」
教室が静まる。
「相手の人生を見て自分の足りない部分を数える作業」
短く。
「それ、終わりがない」
沈黙。
生徒はゆっくり息を吐く。
「……確かに」
小さく笑う。
「勝てないですね」
遥は言う。
「最初から勝負じゃない」
短く。
教室は静かになる。
生徒は立ち上がる。
ドアへ向かう途中で足を止めた。
「羨ましいって」
一拍。
「思ってもいいんですね」
遥は短く答える。
「思うだろ」
それだけだった。
生徒は少しだけ肩の力を抜いて教室を出る。
羨ましさは、性格の悪さじゃない。
失ったものがある人間が、失わなかった人間を見た時に生まれる、ごく自然な感情だ。
問題なのは羨ましがることじゃない。
その比較の中に、ずっと住み続けることだ。
コメント
1件
うわ、これめっちゃ刺さった……。「普通の家庭の話が苦しい」って感情、めちゃくちゃわかるわ。遥の「羨ましいと思うこと自体はやめなくていい」ってセリフ、めっちゃ救われた。自分を責めなくていいんだって思えた。比較を続けるなって言葉も、ズシンときた。ruruhaさんの描くこういう人間の繊細な感情、ほんと好き🫶