テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!
王都の朝は、鐘の音で始まる。
だがその日の鐘は、いつもの祈りの音とは違っていた。
重く、長く、怒りを含んでいる。
王宮の窓からそれを聞いたとき、エリュネは少しだけ首を傾げた。
「珍しいですね」
隣にいた侍女が顔をこわばらせる。
「……神殿の招集鐘です」
「招集?」
「大司祭が民衆を集めるときの音です」
エリュネは窓の外を見る。
遠く、白い神殿の塔が朝日に光っていた。
その下に、すでに人が集まり始めている。
ざわめきが、風に乗って王宮まで届いていた。
その頃、神殿の大広間。
白い石柱の間に、民衆がひしめいていた。
商人、職人、兵士、貴族の従者。
誰もが同じ話をしている。
王宮外で星が生まれた。
しかも、無色の星。
「ありえない」
「王妃が星を生むはずだ」
「神の奇跡だろう?」
ざわめきは止まらない。
やがて、大司祭が現れた。
白金の衣。
老いた男だが、声はよく通る。
「静まれ」
群衆の声が一斉に止む。
大司祭はゆっくりと天井を見上げた。
そこには、神の象徴である星の紋章が描かれている。
「我々は長い間、空を見てきた」
低い声。
「星は神の祝福だ」
誰も反論しない。
「神は愛を祝福し、その証として星を与える」
それがこの国の信仰だった。
大司祭は続ける。
「だが最近、奇妙な話が広がっている」
広間がざわめく。
「王宮の外でも星が生まれた。
しかも色のない星だと」
彼は静かに首を振った。
「ありえない」
断言だった。
「星は神の奇跡。
人間の関係で生まれるものではない」
空気が張り詰める。
「もしそのような星があるとすれば」
大司祭はゆっくり言った。
「それは祝福ではない」
沈黙。
そして、はっきりと告げた。
「異常だ」
群衆がざわめく。
「神の秩序を乱すものだ」
その言葉は、すぐに街へ広がった。
無色星。
異常。
不吉。
言葉は形を変えながら、王都を巡る。
昼過ぎ、王宮。
会議室の空気は重かった。
神殿の使者が来ている。
黒衣の司祭が、冷たい声で言った。
「神殿の見解を伝えます」
王太子は黙って聞いていた。
「無色星は神の奇跡ではない。
ゆえに」
司祭は一瞬、言葉を選ぶ。
「王妃理論もまた、誤りです」
部屋がざわめく。
貴族の一人が立ち上がった。
「待て。
王妃制度を否定するのか」
「神殿はそう言っている」
司祭は淡々としていた。
「星は神のもの。
王族のものではない」
皮肉な言葉だった。
王太子は腕を組んだ。
「では」
静かな声。
「王宮外の星は何だ」
司祭は迷わない。
「偽物です。
観測の誤り。
あるいは不吉な現象」
王太子の目が細くなる。
「不吉?」
「神の秩序にないものです」
司祭は言った。
「神殿は調査を求めます。
特に」
視線が向く。
部屋の奥。
エリュネが静かに座っていた。
「王妃エリュネ殿」
司祭の声は冷たい。
「あなたの存在と無色星の関係を」
会議室が静まり返る。
エリュネは少しだけ考えた。
「関係はありません」
「本当に?」
「はい」
彼女の声は穏やかだった。
「星は人間の関係から生まれます」
司祭が笑う。
「それは信仰ではない。
ただの仮説です」
エリュネは首を傾げる。
「神殿の理論も仮説では?」
空気が凍る。
司祭の顔が歪んだ。
「神を疑うのか」
「いいえ」
彼女は答える。
「ただ、空を見ているだけです」
その言葉に、王太子は小さく笑った。
司祭はそれを無視した。
「神殿は警告します」
低い声。
「もし無色星が神の秩序を乱すものであれば」
視線はエリュネから離れない。
「排除されるべきです」
その言葉は、はっきりとした敵意だった。
会議が終わったあと。
王宮の回廊。
王太子はエリュネと並んで歩いていた。
「気にするな」
彼は言う。
「慣れています」
エリュネは答える。
確かにそうだった。
疑われること。
排除されること。
それは彼女にとって新しい経験ではない。
だが。
王太子は空を見る。
昼の青空。
星は見えない。
「神殿は動く」
「はい」
「貴族もだ」
「そうでしょうね」
エリュネは少しだけ笑った。
「空が変わったからです」
「空?」
「はい」
彼女は言う。
「星はもう、王宮だけのものではない」
遠くで、また鐘が鳴る。
王都のどこかで。
誰かが、誰かを選んだ。
それだけで。
空にまた一つ、無色の星が生まれていた。