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きょRa
その夜。
大学の近くの居酒屋。
「凪、こっち」
誰かが手を振る。
蒼の友達のグループだった。
いつものメンバー。
凪は少し迷ったけど、結局席に座った。
逃げる場所もない。
帰っても、結局蒼のことを考えるだけだから。
「遅くね?」
「沙希いたんだろ」
誰かがニヤニヤして言う。
凪は何も言わない。
グラスがテーブルに置かれる。
「蒼もう来るって」
その一言で、空気が少し変わる。
凪の胸がわずかにざわつく。
数分後。
店のドアが開いた。
蒼が入ってくる。
隣に、沙希。
当たり前みたいに。
それを見た瞬間。
凪の胸の奥で、何かが沈んだ。
「おせー」
「だる」
蒼はそう言いながら席に座る。
沙希はその隣。
凪の向かいだった。
目が合う。
沙希は、軽く笑った。
悪意はない。
でも、優しさもない。
ただ。
分かっている人の顔。
「今日さ」
蒼の友達が言う。
「凪、蒼に振られたらしいぞ」
笑い声。
冗談みたいに。
凪は顔を上げる。
蒼を見る。
蒼は、笑っていた。
否定しない。
「マジ?」
「え、捨てられた?」
「可哀想」
誰かが言う。
笑いながら。
凪の耳が少し熱くなる。
でも、怒りは出てこない。
ただ。
空っぽ。
蒼がグラスを持つ。
「振ってねーよ」
軽い声。
「こいつが勝手に拗ねてるだけ」
また笑い。
凪はテーブルを見ていた。
「な?」
蒼が言う。
凪に。
答えを求めるみたいに。
凪はゆっくり顔を上げた。
周りの視線が集まる。
逃げ場はない。
「……別に」
小さく言う。
「拗ねてない」
「ほら」
蒼が笑う。
その笑いは、優しくない。
「な、凪」
名前を呼ぶ。
その声だけで、体が反応する。
ずっとそうだった。
「お前さ」
蒼が少し身を乗り出す。
「なんでそんな顔してんの」
凪は黙る。
蒼の友達が笑う。
「やめろって」
「泣くぞ」
「犬みたいじゃん」
その言葉に、また笑いが起きる。
犬。
誰かが言う。
「蒼の犬じゃん」
凪の指が少し震える。
でも、否定しない。
できない。
蒼はそれを見ていた。
じっと。
面白そうに。
「……ほら」
蒼が言う。
低い声。
「否定しろよ」
凪は口を開く。
でも声が出ない。
言葉が出ない。
周りの視線が重い。
笑い声。
蒼は少しだけ笑った。
「できねーじゃん」
その一言。
静かだった。
でも、鋭かった。
凪の胸の奥に、深く刺さる。
蒼はグラスを置く。
それから、ゆっくり言う。
「だってお前さ」
視線が合う。
逃げられない。
「俺のこと好きだろ」
店のざわめきの中で。
その言葉だけが、やけにくっきり聞こえた。
凪は何も言えない。
沈黙。
そして。
笑い声。
誰かが言う。
「図星じゃん」
蒼は凪から目を離さない。
少しだけ。
楽しそうに。
「な?」
もう一度聞く。
凪の喉が動く。
言えば終わる。
否定すれば。
離れられる。
でも。
言葉が出ない。
蒼はそれを見て。
小さく笑った。
「ほら」
そして、静かに言う。
「やっぱ犬じゃん」
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