テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
1,089
202
「やっぱ犬じゃん」
蒼がそう言った瞬間。
テーブルが揺れるくらいの笑いが起きた。
「やば」
「言った」
「本人の前で言うか普通」
誰かが腹を抱えて笑う。
凪は動かなかった。
笑い声が遠く聞こえる。
蒼はその様子を見て、グラスを口に運んだ。
まるで何でもないことみたいに。
「否定しないの?」
誰かが凪に聞く。
「犬じゃないって」
また笑い。
凪はゆっくり息を吸った。
言葉を探す。
でも見つからない。
蒼の目が、ずっとこっちを見ている。
試すみたいに。
「ほら」
蒼が言う。
「言えよ」
低い声。
「違うって」
凪の喉が動く。
「……」
言えない。
否定すればいいだけなのに。
「な?」
蒼が肩をすくめる。
「やっぱそうだろ」
その言い方は軽かった。
でも、残酷だった。
蒼の友達が笑いながら言う。
「でもさ」
「マジでそうじゃん」
「凪、ずっと蒼の後ろいるし」
「呼ばれたら来るし」
「犬じゃん」
「やめろって」
別のやつが言う。
笑いながら。
「泣くぞ」
凪はテーブルの木目を見ていた。
逃げ場がない。
蒼がグラスを置く音。
コト、と小さく鳴る。
「凪」
名前を呼ばれる。
体が反応する。
勝手に。
「顔上げろよ」
命令みたいに。
凪はゆっくり顔を上げた。
蒼は笑っていた。
優しくない笑い。
「なあ」
蒼が言う。
「お前さ」
少し首を傾ける。
「なんで離れねーの?」
その一言。
周りが静かになる。
蒼の友達たちは、面白そうに黙る。
見ている。
凪を。
蒼を。
「俺、彼女いるじゃん」
蒼は平然と言う。
隣にいる沙希の肩に軽く腕をかけた。
沙希は何も言わない。
ただ、凪を見ている。
その視線が、妙に静かだった。
蒼は続ける。
「しかもさ」
少し笑う。
「こんな扱いされてんのに」
テーブルを指で叩く。
トン、と音。
「まだ来る」
また笑い声。
「確かに」
「メンタル強すぎ」
「依存じゃん」
凪の胸が少し痛む。
でも。
蒼の目から、視線を外せない。
蒼はそのまま言った。
「答えろよ」
静かな声。
「なんで離れない」
凪は口を開く。
声が出るまで少し時間がかかった。
「……」
喉が乾いている。
「……蒼が」
そこまで言って。
止まる。
蒼の眉が少し動く。
「蒼が?」
凪は言葉を飲み込んだ。
違う。
違う。
それを言ったら終わる。
でも。
蒼は待っている。
楽しそうに。
「言えよ」
凪は小さく息を吐いた。
それから。
笑った。
少しだけ。
「……俺が馬鹿だから」
テーブルが一瞬静かになる。
蒼の目が細くなる。
凪は続けた。
「それでいいだろ。
蒼がどうとかじゃなくて。
俺が」
声が少し震える。
「俺が離れないだけ」
沈黙。
蒼はしばらく凪を見ていた。
それから。
小さく笑った。
「はは」
本当に面白そうに。
「何それ」
蒼は言う。
「もっとダサいじゃん」
また笑いが起きる。
凪は何も言わない。
蒼は椅子に深く座り直した。
それから、ぽつりと言う。
「じゃあさ」
軽い声。
でも。
妙に冷たい。
「俺がいらないって言ったら」
蒼は凪を見た。
まっすぐ。
「ちゃんと消えんの?」
凪の胸が、強く鳴った。
言葉が出ない。
蒼は少しだけ笑う。
「無理だろ」
その一言。
そして。
「だってお前」
蒼はグラスを回しながら言った。
「俺の犬だもんな」
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!