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最初に気づいたのは、乳母だった。
「……あれ?」
庭で遊ぶ子どもたちの周りには、いつも色がある。
嬉しいときは淡い桃色。
怒ると赤。
不安なら灰色。
それはこの国では当たり前のことだった。
だが。
「エリュネ様……?」
四歳の少女の周囲だけ、何もない。
風に揺れる草。
花の匂い。
笑い声。
すべて普通なのに。
彼女の周囲だけ、透明だった。
少女は小石を並べている。
丸い石。
白い石。
欠けた石。
「エリュネ様」
「はい?」
振り向く。
瞳は静かだ。
「……楽しいですか?」
「楽しいです」
迷いなく答える。
乳母は困る。
楽しいなら、桃色になるはずだ。
だが色はない。
完全な透明。
「どこが楽しいのですか?」
エリュネは石を指さす。
「形が違います」
「……形」
「あと、音」
小石を二つぶつける。
コツ、と小さな音。
「音?」
「違う音になります」
またぶつける。
コツ、カチ。
乳母は黙る。
楽しい理由としては、間違っていない。
だが。
普通の子どもなら。
笑って走って、色を弾けさせる。
エリュネは静かに石を並べている。
「……お友達と遊ばないのですか?」
庭の向こうでは、貴族の子どもたちが追いかけっこをしている。
桃色や黄色が飛び交う。
エリュネはちらりと見る。
「見ている方が面白いです」
「そうですか」
乳母は不安になる。
色がない。
感情がないのでは。
そう思われたら、この子は――
「エリュネ様」
「はい」
「悲しいことはありますか?」
少女は少し考える。
「あります」
「どんなときですか?」
「鳥が死んだとき」
先週、庭に落ちていた小鳥。
エリュネはそれを土に埋めた。
「そのとき……どう思いました?」
「動かないなと思いました」
乳母の胸が締めつけられる。
「悲しくなかったのですか?」
エリュネは首をかしげる。
「悲しいです」
「でも……色が……」
言いかけて止まる。
少女は自分の胸を見下ろす。
「色は出ません」
「……どうしてでしょう」
「分かりません」
エリュネは石を一つ拾う。
空に掲げる。
「でも」
「?」
「ここは動きます」
胸を指さす。
「ここ?」
「はい」
とくん。
小さな鼓動。
「楽しいときも。
悲しいときも。
同じところが動きます」
乳母は何も言えない。
色はない。
だが。
この子は、確かに感じている。
そのとき、庭で子どもが転ぶ。
「わっ!」
泣き声。
赤と灰色が混ざる。
エリュネは立ち上がる。
走るわけではない。
ゆっくり近づく。
「痛いですか」
転んだ子どもは涙目で頷く。
「痛い……」
エリュネは少し考える。
そして自分の石を一つ差し出す。
「これ」
「……?」
「音がします」
子どもは困る。
だが石を受け取る。
ぶつける。
コツ。
もう一度。
カチ。
泣き声が少し止まる。
「……変な音」
「違う音です」
エリュネは言う。
「さっきと」
子どもはもう一度石を鳴らす。
泣きながら、少し笑う。
その瞬間。
乳母は気づく。
エリュネの周囲。
色はない。
だが。
他の子の赤が、ゆっくり薄れていく。
桃色に変わる。
まるで。
静かな水面に、波が落ち着くみたいに。
乳母は息をのむ。
色がないのではない。
この子は――
揺らさない。
奪わない。
ただ、そこにいる。
透明なまま。
庭の上で、昼の空が静かに広がっていた。