テラーノベル
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ドアがノックされる。
「入っていいですか」
「どうぞ」
入ってきた生徒は、座るまでに少し時間がかかる。
椅子に座ってからも、すぐには話さない。
「……あの」
「うん」
「自分、なんか」
言葉を探す。
「人によって態度変えてる気がして」
日下部はそのまま聞く。
「相手によって話し方も違うし、テンションも違うし」
「うん」
「それが普通なのは分かってるんですけど」
少し顔をしかめる。
「やりすぎてる気がして」
視線が落ちる。
「この人にはこう、この人にはこう、ってやってたら、どれが本当か分からなくなる感じがあって」
少し早口になる。
「あとで一人になると、“さっきの自分、誰だよ”ってなるというか」
日下部は短く頷く。
「作ってる感じか」
「……はい」
小さく返す。
「で、それがバレたら終わる気がして」
「終わる?」
「信用されなくなるっていうか」
少し間。
「“あいつ人によって態度変える”って思われたら嫌で。でも、やめられないです」
言い切る。
「半分は普通、半分はやりすぎ」
日下部は言う。
生徒は顔を上げる。
「人によって態度変わるのは普通」
「はい」
「完全に同じでいる方が無理」
淡々と続ける。
「問題は、“合わせるために削りすぎてる”ところ」
生徒は黙る。
「削りすぎると、残るものが分からなくなる」
少し間。
「だから、“誰だよこれ”になる」
生徒は小さく頷く。
「じゃあ、どうすればいいですか」
「全部合わせない」
短く言う。
「どこか一つ、固定する」
「固定?」
「相手が変わっても変えない部分」
生徒は考える。
「例えば?」
「無理な笑いはしない、とか。言いたくないことは言わない、とか」
日下部は続ける。
「全部は無理でも、一個決める」
生徒は少し前に寄る。
「それだけで変わります?」
「ズレなくなる」
即答。
「軸が一個あると、他を動かしても崩れにくい」
生徒は黙る。
「今は、全部動かしてる状態」
「……はい」
「だから分からなくなる」
少し間。
「あともう一個」
「はい」
「バレたら終わる、は思いすぎ」
生徒は顔を上げる。
「そうなんですか」
「多少みんなやってる」
短く言う。
「見えてないだけで」
生徒は少し考える。
「でも、露骨だと嫌われません?」
「やりすぎるとそうなる」
はっきり言う。
「だから、“全部合わせる”のをやめる」
同じことを重ねる。
「残す部分を作る」
生徒は息を吐く。
「……一個なら、できそうです」
「それでいい」
日下部は言う。
「全部変えようとすると続かない」
生徒は立ち上がる。
「ちょっと楽になりました」
「なら十分」
ドアの前で止まる。
「自分、性格悪いのかと思ってました」
「違う」
即答。
「やり方が極端だっただけ」
ドアが閉まる。
人に合わせること自体は普通。
ただ、全部を差し出すと、自分の輪郭が消える。
残すものを一つ決めるだけで、それはちゃんと戻ってくる。
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