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十六歳の春。
この国では、その日を境に人は“役割”を与えられる。
神殿の大聖堂は、祝福を受ける少年少女と、その家族で埋め尽くされていた。天井高く掲げられた聖印の下、中央には巨大な水晶が鎮座している。
祝福の水晶。
触れた者の未来を示す、神の秤。
「次、アルト=アストレア」
先に呼ばれたのは兄だった。
レオンの双子の兄。
同じ顔立ち、同じ背丈。違うのは、纏う空気だけだ。
アルトは迷いなく祭壇へ進む。周囲の視線は期待に満ちていた。
「アストレア家の双子だ」
「優秀だと聞く」
「どんな祝福が出るか」
アルトが水晶に触れる。
――瞬間、眩い光が弾けた。
爆ぜるような輝きが天井を照らし、水晶上に金色の文字が浮かび上がる。
《剣聖候補》
一拍の静寂。
次の瞬間、歓声が湧き上がった。
「剣聖候補だ!」
「やはりアストレア家か!」
「将来は王国騎士団入りだな!」
父が力強く頷き、母が涙ぐむ。神官たちも満足げに目を細めていた。
アルトは振り返らない。当然の結果だと言わんばかりに、静かに祭壇を降りる。
そして。
「次、レオン=アストレア」
同じ姓。同じ誕生日。同じ血。
双子の弟。
レオンは前に出る。
期待は、まだ消えていない。むしろ、加速している。
「双子なら、同等以上か」
「兄が剣聖候補なら、こちらは賢者か?」
「いや、勇者の可能性もあるぞ」
レオンは水晶に手を伸ばす。
冷たい。
兄のときとは違う温度に感じた。
触れた。
――光が灯る。
だが、弱い。
淡い光が揺れ、やがて静かに消える。
誰も息を呑まない。
水晶の上に、文字は浮かばない。
空白。
神官が眉をひそめる。
「……表示なし?」
再確認。
もう一度触れる。
結果は同じだった。
「祝福、未授与。職業不明。能力確認不可」
能力確認不可。
その宣告が、広間を凍らせた。
「無祝福だ」
「双子で片方だけ?」
「そんなことが……」
視線が変わる。
期待から、観察へ。観察から、距離へ。
父は何も言わない。母は視線を落とす。
アルトだけが、初めてこちらを見た。
一瞬だけ。
そこにあったのは同情でも嘲笑でもない。
理解不能、という表情だった。
まるで、同じ場所から生まれたはずの存在が、突然別の生き物になったかのように。
レオンは水晶を見つめる。
何もない。
剣聖も。魔導士も。農夫すら。
空白。
努力では埋まらない空白。
歓声は、もう起きない。
神官の声が事務的に響く。
「レオン=アストレア。祝福未確認者として記録」
未確認者。
それは可能性があるという意味ではない。
価値が定義できない、という意味だ。
祭壇を降りる足音がやけに響く。
兄とすれ違う。
同じ顔。だがもう、同じ未来ではない。
レオンはそのとき、理解する。
今日決まったのは、職業ではない。
立ち位置だ。
光の側と、そうでない側。
大聖堂の外に出ると、春の風が吹いていた。
だが胸の奥は、ひどく冷えている。
無祝福。
役割なし。
存在証明なし。
双子の片割れとして生まれ、同じ日に神の前に立ち、与えられたのは――空白。
それでも。
なぜか胸の奥に、微かな違和感が残っていた。
兄の祝福が輝いた瞬間。
自分の中で、何かが“応答した気がした”。
気のせいだ。
そう思いながらも、レオンは自分の手の甲を見つめる。
紋章は、刻まれていない。
だが――
まだ、終わっていない気がした。