テラーノベル
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ドアが開く。相談者は座るなり言った。
「俺、めちゃくちゃ気遣ってるのに、誰も気づかない」
蓮司はスマホを伏せた。
「具体的には?」
「グループで話すとき、沈黙になりそうなら話題出す。誰かが浮いたらフォロー入れる。機嫌悪そうなやついたら先に振る。遅れてるやついたら待つ流れ作る。全部無意識でやってる。でも俺がちょっと黙ると“今日テンション低くね?”って言われる」
「普段の維持が標準扱いになってる」
「そう。俺が回してる日は“普通”。回さない日だけ“どうした?”になる。評価ゼロで責任だけある感じ」
蓮司は椅子を傾ける。
「透明労働だな」
「何それ」
「やってる人しか気づかない作業。空気整備、温度管理、地雷回収。うまくやるほど痕跡が残らないから、感謝もされない」
「割に合わない」
「でも止めると回らない」
「回らない。荒れる。だから戻る」
少し沈黙。
「で、限界?」
「限界。けど全部やめると性格悪い扱いされそう」
「全部やめる必要はない。量を減らせ」
「どう減らす」
「毎回100やってるのを、60にする。沈黙が出ても1回は放置。話題も2回に1回は出さない。誰かの機嫌も毎回拾わない。穴が空くと、誰かが埋めるか、穴が見える。見えないままだと、お前の労力は永遠に透明」
「わざと穴作る?」
「そう。可視化のための穴。善意を証明したいなら、一度引くしかない」
相談者は腕を組む。
「嫌な感じにならない?」
「最初はなる。でもその違和感が、今までお前がやってた分。全員がちょっとずつ持つか、空気が荒れるか、どっちかに振れる。どっちにしても“お前一人”の構造は崩れる」
「崩していいのか」
「崩さないと一生その役」
少し間。
「でもさ、別に褒められたいわけじゃない」
「分かる。普通に疲れるのが嫌なんだろ」
「それ」
「じゃあルール決めろ。“今日は自分の機嫌優先の日”って。週2でいい。その日は整備しない。沈黙も他人の機嫌も放置。慣れると、誰も死なないって分かる」
相談者は小さく笑う。
「死なないか」
「死なない。むしろ全員ちょっとずつ上手くなる」
「俺がやりすぎてた?」
「上手すぎた。上手すぎると役になる。役になると、人じゃなく機能として扱われる」
立ち上がり、バッグを肩にかける。
「今日、1回だけ放置する」
「いい。1回で十分」
ドアの前で止まる。
「気遣いってさ、見えないと意味ない?」
「意味はある。でも見えないまま続けると、消耗だけが残る。だからたまに見える形にしろ。やらない、で見せる」
ドアが閉まる。
気遣いが伝わらないんじゃない。
上手すぎて、最初から“あるもの”にされてるだけだ。
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