テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
79
双子の兄蒼真は、昔――女の子みたいだった。
写真に残っている。
ワンピースを着て、髪も長くて、笑っている。
隣にいる自分より、ずっと可愛かった。
それが、当たり前だった。
「見て」
紬は、アルバムを抱えて部屋に入る。
ノックはしない。
昔から、そうしてきた。
「なに」
蒼真はベッドの上で寝転がったまま、スマホを見ている。
声だけが返ってくる。
紬は気にせず、隣に座った。
ページをめくる。
「これ」
指で示す。
ピンクの服。
笑ってる蒼真。
「……だから?」
視線は落ちてこない。
でも、紬は少しだけ嬉しい。
ちゃんと返事はしてくれるから。
「やっぱり可愛いよね」
言いながら、少しだけ笑う。
「昔から思ってたんだけどさ」
ページを撫でる。
紙の上の蒼真は、今の蒼真と違う。
でも、紬にとっては同じだった。
ずっと、繋がってるものだった。
「僕も、なれるよね」
ぽつりと出る。
軽く言ったつもりだった。
確認するみたいに。
当たり前のことを聞くみたいに。
「お兄ちゃんみたいに」
そこで、初めて。
蒼真の指が止まる。
スマホの画面が暗くなる。
ゆっくりと、体を起こす。
視線が、紬に向く。
「……は?」
短い。
低い。
紬は、一瞬だけ戸惑う。
でも、すぐに続ける。
「だって、昔――」
「それ、やめろ」
被せられる。
強くはない。
でも、はっきりした拒絶。
紬は、言葉を止める。
「ガキの頃の話だろ」
蒼真は、アルバムをちらっと見る。
その目に、懐かしさはない。
「でも、今でも――」
「今は違うだろ」
また被せられる。
今度は、少しだけ苛立ちが混じる。
紬は、息を詰める。
何かが、少しだけズレる。
でも、まだ引けない。
「僕も、なりたい」
ちゃんと言う。
逃げないで。
「お兄ちゃんみたいに」
沈黙が落ちる。
ほんの一瞬。
でも、さっきまでと違う。
蒼真の顔が、はっきり変わる。
「無理に決まってんだろ」
迷いがない。
即答だった。
「え……」
「てかさ」
蒼真は、ため息みたいに息を吐く。
面倒くさそうに、でもどこか冷めた目で。
「男なんだから、ちゃんとしろよ」
その言葉が、落ちる。
重くはないはずなのに、逃げ場がない。
「そういうの、気持ち悪いから」
軽く付け足される。
本当に軽く。
それなのに。
紬の中で、何かが音もなく崩れる。
「……そっか」
小さく言う。
うまく笑えたかは分からない。
蒼真はもう、スマホに視線を戻している。
話は終わり、みたいに。
いつも通り。
いつも通りのはずなのに。
紬は、アルバムを閉じる。
指先が少しだけ震えている。
気づかないふりをする。
立ち上がる。
「ごめん」
何に対してか分からないまま、そう言っていた。
蒼真は何も返さない。
もう聞いてないのかもしれない。
廊下に出る。
ドアが閉まる音が、やけに響く。
そのまま歩いて、リビングを通り過ぎる。
玄関。
靴を履く。
外に出る。
夕方の空気が、少し冷たい。
「紬?」
名前を呼ばれる。
顔を上げると、悠生がいた。
家の前の電柱にもたれている。
昔から、よくここにいる。
「……なにしてんの」
紬は、少しだけ視線を逸らす。
「別に。蒼真、いる?」
自然な声。
当たり前みたいに。
紬は、少しだけ詰まる。
「いるけど」
「そ」
悠生は、それだけ言って、家の方を見る。
その視線に、迷いはない。
紬は、それを見てしまう。
ずっと、見てきたもの。
変わらないもの。
「……入れば」
言う。
少しだけ、無理やり。
「ん、あとでいい」
悠生は笑う。
軽く。
「今、紬と話してるし」
その言葉に、少しだけ救われそうになる。
でも、続かない。
「てかさ」
悠生が、ふと紬の顔を覗き込む。
「泣きそうな顔してる」
紬は、一瞬止まる。
すぐに逸らす。
「してない」
「してる」
即答。
変わらない調子。
でも、その目は少しだけ真剣。
紬は、何も言えない。
喉が詰まる。
でも、出てくる言葉は違う。
「……なんでもない」
結局、それだけ。
悠生は、少しだけ間を置く。
何か言いかけて、やめる。
そして、ふっと視線を外す。
その先は、家。
蒼真がいる方。
「そっか」
短く言う。
それ以上は踏み込まない。
踏み込めない。
三人は、まだ繋がっている。
でも、
同じ場所には、もういない。
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!