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相談者は椅子に深く座ったまま、背もたれに体重を預けていた。
だが、その姿勢に“休んでいる”感じはなかった。
「今日は」
日下部が言う。
「……疲れてるって、よく言われます」
「自分では」
「分からないです」
即答に近い。
「体は動くし、眠れないわけでもない」
「でも」
日下部が言葉を挟む。
「限界は、後から来る」
相談者の視線が揺れる。
「倒れるとか、
泣くとか、
そういう形で」
「はい。
突然、動けなくなります」
日下部は一度だけ頷いた。
「それは疲れてないんじゃない」
間を置かない。
「疲れを“感じないまま使ってる”」
「……使ってる」
「自覚より先に、
体を前に出す癖がある」
相談者は言葉を探すように唇を噛む。
「でも、
やらなきゃいけないことは
終わらせられるので」
「終わらせた後は」
「……何も残らないです」
日下部は視線を落とさない。
「達成感も?」
「ないです」
「じゃあ、疲労も残ってる」
相談者が小さく首を傾げる。
「でも、疲れたって感覚がなくて」
「それはな」
日下部は低い声で続ける。
「疲労を“感じる回路”を
切ってきた結果だ」
「切る……」
「疲れたって思うと、
止まらなきゃいけなくなる」
「……」
「止まると、色々まずかった」
断定ではない。
だが、外さない。
相談者は何も言わない。
「だから脳が判断する」
淡々と。
「感じるな。動け。
その結果」
日下部は続ける。
「疲労は溜まる。
ただし、気づかない場所に」
相談者の肩がわずかに落ちる。
「じゃあ、どうすれば」
「疲れを感じろ、は無理だ」
即答。
「いきなり戻らない」
「……」
「代わりに、事実を見る」
「事実」
「ミスが増えた。
集中が切れる。
理由なく苛立つ」
ひとつずつ区切る。
「それ、全部疲労のサインだ」
相談者は目を伏せる。
「自覚がなくても、体はもう出してる」
「自分の感覚が、信用できないです」
「信用しなくていい」
日下部は淡々と言う。
「数値として扱え」
「数値……」
「今日はここまでやったら終了。
気分じゃなく、決めで止める」
沈黙。
「疲れている自覚がない人間は、
強いんじゃない」
相談者が顔を上げる。
「壊れるまで使えるだけだ」
日下部は書類を閉じた。
「今日はそれだけ。
疲れを感じなくても、
疲れてない証拠にはならない」
相談者は小さく息を吐いた。
それは、重さに気づいた後の呼吸だった。