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相談者は姿勢を正して座っていた。
落ち着いている。少なくとも、そう見えた。
「今日は」
「……我慢してる、って言われます」
「自分では」
「してる感じがないです」
日下部は一拍置いた。
「何も我慢してない?」
「はい。
耐えてる感覚もないし、
抑えてる感じもない」
「じゃあ」
視線を逸らさない。
「爆発もしない?」
「……しません」
「急に倒れる?」
「あります」
日下部はそこで頷いた。
「それが答えだ」
相談者の眉がわずかに動く。
「我慢はな、
自覚がある形だけじゃない」
「……」
「感情を押さえるのが我慢だと思ってるだろ」
「はい」
「違う」
即座に否定する。
「最初から“感じない位置”に
自分を置くのも我慢だ」
相談者は黙ったまま聞いている。
「嫌だと思う前に、考えない。
辛いと感じる前に、慣れる」
淡々と続ける。
「それ、楽に見えるが」
一瞬、間。
「一番深い我慢だ」
相談者の指先が動いた。
「でも、本当に何も感じてないんです」
「それはな」
日下部は低く言う。
「我慢が“常態化”した結果だ」
「常態化……」
「ずっと続くと、我慢は感覚じゃなくなる」
「……」
「呼吸と同じになる」
相談者は小さく息を吸った。
「じゃあ、
自分はずっと我慢してるってことですか」
「してきた、だ」
言い切る。
「今はもう、してる自覚すらない段階だ」
沈黙が落ちる。
「それ、悪いことですか」
「善悪の話じゃない」
日下部は首を振らない。
「ただ」
短く。
「限界が分からない」
相談者の喉が鳴る。
「我慢してる人間は、
そろそろ無理だって時に止まれる」
「……」
「だが、感覚がない人間は」
言葉を切る。
「壊れるまで行く」
相談者は視線を落とした。
「じゃあ、どうやって気づけば」
「感情じゃない」
即答。
「行動を見る」
「行動」
「避け始めた。
反応が遅い。
どうでもいいが増えた」
一つずつ。
「それが、我慢の痕跡だ」
相談者はゆっくり頷いた。
「我慢してる感覚がない人間はな」
日下部は書類に手を置く。
「もう十分、我慢してきた」
顔を上げる。
「だから今日はそれだけ覚えとけ」
「我慢は、自覚がなくなった時が一番重い」