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「判断した人間を特定するのは、正直きついな」
燈が腕を組んだ。
「評価を書いた本人はもう異動。直属の上司も退職済み」
「でも」
真琴が言う。
「判断の“型”は残ってる」
玲は黙って頷き、資料の束を机に広げた。
「同じ部署で、似たケースが三件」
「三件も?」
燈が目を見開く。
「被害届なし。公式な処分なし。ただ、配置換えと評価低下だけ」
玲は淡々と続ける。
「結果は全員、数年以内に退職」
澪が小さく息を呑んだ。
「共通点」
燈が言う。
「また“共通点”かよ」
「でも」
真琴は落ち着いた声で言う。
「今回の事件は、そこを見るしかない」
玲が一枚の紙を示した。
「三件とも、最初の評価コメントが同じ構造。
性格に課題がある。周囲と摩擦が生じやすい。慎重な対応が必要」
「全部」
燈は鼻で笑う。
「便利な言葉だな」
「具体性がない」玲。
「だから反論もできない」
伊藤が、少しだけ前に出た。
「その書き方、珍しくはないよ」
四人の視線が集まる。
「大きな組織だと」
伊藤は穏やかに言う。
「問題を“事件化しない”ための表現として、よく使われる」
「事件化しない?」真琴。
「ああ」
伊藤は頷く。
「事実確認や調査が始まると、手間も責任も増える」
「だから」
澪が静かに続けた。
「最初から“個人の問題”にする」
伊藤は、澪を見て微笑んだ。
「そうだ。理解が早い」
燈が眉間に皺を寄せる。
「……やけに詳しいな」
「仕事柄」
伊藤はあっさり答えた。
「資料を見ることが多いから」
玲は伊藤の言葉を否定しない。
ただ、少しだけ考える間を置いてから言った。
「このケース、“誰かが悪意を持って潰した”とは言い切れない」
「むしろ」
真琴が引き取る。
「効率を優先した結果、切り捨てられた」
「誰も悪くない」
燈が吐き捨てる。
「一番嫌なやつだ」
澪が、もう一度メモを見た。
「最初の評価を書いた人……」
名前を指でなぞる。
「この人、異動先でも似たことしてる。三件目と四件目、部署は違うのに同じ表現」
玲が顔を上げた。
「つまり」
「個人の判断」澪。
「でも、やり方は共有されてる」
「型だな」燈。
伊藤は、静かに肯定した。
「“問題を起こさないための型”だ」
真琴が、ゆっくりと結論をまとめる。
「この事件、被害者はいない、は間違い。
でも、加害者も、はっきりしない」
「あるのは」
玲が続ける。
「“選ばれなかった人”」
沈黙が落ちた。
伊藤は資料を揃えながら言った。
「次は、依頼人に説明だな」
「どう説明する?」燈。
「事実として」
真琴は答える。
「“悪意ではない構造”だったこと」
澪は、伊藤の手元を一瞬だけ見た。
整えられた資料。迷いのない順序。
——知っている。この人は、最初から。
そう思ったが、澪は何も言わなかった。