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「“誤解”って言葉、便利すぎない?」
燈が資料を机に放り投げる。紙がずれ、玲が黙って整え直した。
「便利だから使われる」
玲は淡々と言う。
「でも今回は、内容が一致しすぎている」
真琴が依頼人から預かったメモを見下ろす。そこには、彼が周囲から告げられた“理由”が箇条書きで並んでいた。
・態度が誤解を招いた
・空気を悪くした
・相手に不安を与えた
「全部、評価であって事実じゃないね」
真琴は困ったように笑う。
「でも、これで人を切るには十分な言葉でもある」
「だから今日は」
玲が言う。
「“誰が”“何を”“どう誤解したか”を聞く」
燈が頷いた。
「逃げ道塞ぐやつな」
最初に当たったのは、依頼人と同じ部署にいた元同僚だった。
「〇〇さん? ええ、知ってます」
相手は警戒しつつも、話はした。
「具体的に、何が問題だったんですか?」
玲が真正面から聞く。
「……仕事の進め方、ですかね」
「どういう?」
「説明が足りない時があった」
「どの案件で?」
「えっと……」
沈黙。
「説明が足りない、と誰が判断したんですか?」
燈が被せる。
「上が」
「上って誰」
「課長です」
「課長が、“説明が足りない”と言った?」
「そう、だったと思います」
「それを、あなたは確認しましたか?」
玲が続ける。
「……いえ」
「依頼人に直接、説明を求めましたか?」
「それは……してません」
燈が鼻で笑った。
「じゃあ、事実は?」
相手は口を閉ざした。
次は、取引先の担当者。
「正直に言うと」
相手は少し困った顔で言った。
「〇〇さんが危ない人だって聞いて」
「危ない?」
真琴がやわらかく返す。
「誤解を生むタイプだって」
「具体的に」
玲。
「女性相手に距離感が近い、とか」
「実際に見た?」
燈。
「……見てはいません」
「誰から?」
「社内で、そういう話が」
「誰が言い出した?」
「……」
また、黙る。
三人目で、ようやく“中身”が出てきた。
「最初はね」
その人物は、はっきり言った。
「“言い方がきつい”って話だった」
「誰に対して?」
「取引先の一人」
「内容は?」
「業務上の指摘です」
「事実?」
「ええ」
「それが?」
玲が続きを促す。
「いつの間にか、“怒鳴った”に変わって」
「さらに?」
「“感情的”“怖い”“一緒に仕事したくない”」
真琴が静かに言う。
「変換されてるね」
「ええ」
その人物は頷いた。
「誰も止めなかった」
夕方、探偵社に戻る。
机の上には、証言が整理されていた。
「まとめると」
玲が言う。
「最初の事実は、“業務上の指摘をした”だけ」
「それが」
燈が続ける。
「“言い方がきつい”になり
“怒鳴った”になり
“危険人物”になった」
真琴は息をつく。
「途中で、確認は一度もされてない」
澪が、静かに口を開いた。
「皆、“誰かが見たこと”として話してる」
「でも実際は」
玲。
「“誰かから聞いた”だけ」
燈が机に肘をつく。
「じゃあ、誤解の正体は?」
「伝言ゲーム」
真琴が答えた。
「しかも」
澪が指を唇に当てたまま言う。
「途中で“便利な形”に整えられてる」
伊藤が、資料を見ながら穏やかに言った。
「人は、“説明のいらない評価”を好む」
「危ない人」
「空気を壊す人」
「距離を置くべき人」
「理由を問われなくて済む」
玲が言う。
「だから、事実は消えた」
燈が吐き捨てる。
誰も嘘はついていない。
ただ、誰も確かめなかった。
「……これ、事件じゃないって言われるやつだな」
燈が言う。
真琴は頷く。
「でも、被害ははっきりしてる」
澪は、最後に一言だけ落とした。
「“誤解”じゃない。“作られた評価”」
その言葉に、伊藤は何も言わなかった。
ただ、静かにファイルを閉じた。