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ドアを閉めたあと、来訪者はすぐに座らなかった。
椅子の背に手をかけたまま、少し迷う。
「……変わりたいかどうか、分かんないんだよね」
日下部は顔を上げる。
「それ、よく言われるやつ?」
「うん。周りから」
ようやく座り、視線を落とす。
「“変わりたいって思わないの?”って」
指先で制服の端をいじる。
「でもさ、聞かれるたびに詰まる」
「答えが?」
「気持ちが」
日下部は軽く頷いた。
「変わりたいって、どんな感じだと思ってる」
「前向き。やる気。希望」
「教科書みたいだな」
来訪者は苦く笑う。
「そういうの、全然ない」
「じゃあ、今のままでいい?」
少し間が空く。
「……それも違う」
声が小さくなる。
「しんどいし、嫌だし、抜けたいとは思う」
「でも?」
「“変わる”って言葉が、遠い」
日下部はペンを机に置いた。
「変わりたいってさ」
一拍置く。
「元気な人の言葉だと思ってない?」
来訪者は、はっとしたように顔を上げる。
「……思ってる」
「余裕があって、未来見えてて」
淡々と続く。
「今を否定できる人の言葉」
沈黙。
「今がつらすぎるとさ」
日下部は視線を外す。
「変わるより、まず耐えるとか、生きるとかになる」
「それって……」
「変わりたい気持ちがないんじゃない」
視線が戻る。
「余裕がないだけ」
来訪者の喉が、小さく鳴った。
「でも、“変わらなきゃ”って言われると」
「責められてる気になる?」
「うん。置いてかれる感じ」
日下部は少し考えてから言う。
「じゃあ、聞き方変える」
来訪者を見る。
「今のままが、ずっと続くのは嫌?」
迷いなく頷く。
「それなら」
一拍。
「それがもう、変わりたい気持ちだ」
「え」
「派手じゃないだけ」
日下部は肩をすくめる。
「革命じゃなくて、避難」
「避難?」
「ここから離れたいって感覚」
その言葉に、来訪者は目を伏せた。
「……変わりたいって言えない自分、ダメだと思ってた」
「言えない時期もある」
「いつまで?」
少し焦りの混じった声。
日下部は、すぐには答えなかった。
「分かんない」
正直な音だった。
「でもな」
続ける。
「変わりたいって言葉が出ない時は」
「うん」
「変わらずに耐えてきた時間が長い時だ」
来訪者の肩から、力が抜ける。
「……じゃあ」
「ん」
「今は、分からなくていい?」
日下部は小さく頷いた。
「いい」
「探さなくて?」
「探す体力も、変わる力だから」
相談室に、静かな空気が戻る。
「分からないって言えるのは」
日下部はぽつりと付け足す。
「止まって考えられてる証拠だ」
来訪者は、少しだけ息がしやすくなった気がした。