テラーノベル
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三時間目の前。
教師がまだ来ていない教室は、
いつもより静かだった。
静かすぎて、
逆にざわつきの予感がある。
遥は席に座っている。
座れているだけ、まだマシだと思う。
机はある。
椅子もある。
ただ、周囲の空気が違う。
視線が、いつもより多い。
正面のやつが振り返る。
そのまま言う。
「なあ」
遥は顔を上げない。
「今日さ」
返事を待たずに続く。
「もう、やめね?」
笑い声が上がる。
何を、とは言わない。
でも、分かる。
「普通に邪魔なんだよな」
「空気悪くなるし」
「ずっといるし」
「意味ある?」
遥は何も言わない。
沈黙が、
肯定みたいに扱われる。
「ほら、返事もしねえ」
「聞こえてんだろ」
机を蹴られる。
大きくはない。
でも、揺れる。
遥は机を押さえる。
それだけ。
「なあ」
今度は、横から。
「さすがにさ」
「もう分かるだろ」
「ここ、お前の場所じゃねえって」
教室の空気が、
完全にこちらを向く。
笑っているやつ。
無表情のやつ。
目を逸らすやつ。
でも、誰も止めない。
「先生来る前にさ」
誰かが言う。
「決めとこうぜ」
軽い口調。
ゲームみたいに。
「もう関わらないって」
「つーか、存在扱いしないって」
「見えない人、みたいな」
笑い。
でも、
それは今までと違う。
今までは、
個別だった。
小さな攻撃。
断片的な排除。
これは――
合意。
集団での決定。
「いいよな?」
誰かが聞く。
返事はない。
でも、否定もない。
それが答えになる。
「じゃ、決定」
拍手みたいな音が一つ。
ふざけた感じで。
でも、
冗談じゃない。
その瞬間から、
空気が変わる。
誰も、遥を見ない。
視界から外す。
存在しないみたいに。
それなのに、
机が蹴られる。
椅子が少しずつ後ろに引かれる。
足元に物が落ちる。
拾っても、誰も見ない。
完全に“物以下”。
存在として扱われないのに、
対象としては扱われる。
教師が入ってくる。
空気が普通に戻る。
「席つけ」
全員が座る。
遥も座る。
教師は一瞬だけこちらを見る。
すぐ逸らす。
気づいている。
でも、何も言わない。
授業が始まる。
黒板の字が見える。
聞こえる。
でも、
自分がここにいる意味が分からない。
存在が、
公式に削除されたみたいな感覚。
休み時間。
誰も話しかけない。
今までも話しかけられてはいなかった。
でも、
違う。
視界にも入れない。
廊下を歩いても、
避けない。
ぶつかる。
でも、
「ごめん」も「邪魔」もない。
ただ、
空気を押したみたいな扱い。
ロッカーを開ける。
中身がない。
教科書も、
プリントも、
何もない。
周囲を見る。
誰も見ていない。
本当に見ていない。
見ていないふりじゃない。
“存在しないもの”を、
見る必要がないという態度。
遥はロッカーを閉める。
何も言わない。
言っても、
返事はない。
昼休み。
机の上に、何かが置かれる。
ペットボトルの空。
ゴミ。
紙くず。
誰が置いたか分からない。
誰も見ていないから。
片付ける。
また置かれる。
それを繰り返す。
ゲームみたいに。
でも、
誰も笑わない。
笑う対象ですらない。
ただの処理。
授業が終わる。
帰る準備。
鞄がない。
まただ。
でも、もう探さない。
探す動作すら、
無意味に思える。
廊下に出る。
階段を上がる。
足が勝手に動く。
屋上の方へ。
開いているかどうかは、
どうでもいい。
ただ、
上に行きたかった。
下にいると、
どこにも逃げ場がないから。
ドアの前で止まる。
開けない。
開けたら、
戻れない気がする。
でも、
立ち尽くす。
ここなら、
誰も来ない。
存在しないものは、
ここにいてもいい気がした。
風が強い。
フェンスの向こうに、空。
足が一歩、前に出る。
止まる。
まだ、
越えてはいない。
でも、
境界はもう見えている。
学校は、
完全に決めた。
いなくていい。
いない方がいい。
いないことが、自然。
その決定が、
静かに、
でも確実に、
遥の中に沈んでいく。
ここから先、
どこまで持つかは、
もう分からなかった。
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