テラーノベル
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放課後の光は、教室の床に長く伸びていた。
机を寄せた簡単な相談席。
その前に、生徒が座っている。
カバンは足元。
両手は膝の上。
指が少しだけ動く。
しばらく話さない。
遥も急かさない。
廊下の奥で、誰かが笑う声。
すぐ遠くなる。
「……あの」
生徒が言う。
「優しくされると」
言葉を止める。
机を見る。
「疑うんです」
沈黙。
遥は顔を上げない。
「何か裏があるんじゃないかって」
小さく笑う。
「性格悪いですよね」
「普通だ」
遥は短く言う。
生徒は少しだけ顔を上げる。
「そうですか」
「優しさは」
遥は続ける。
「理由が見えないと不安になる」
生徒は黙って聞く。
「怒られる理由は分かりやすい」
一拍。
「でも」
机の端に指を置く。
「優しくされる理由は見えないことが多い」
教室が静かになる。
生徒は机の木目をなぞる。
「でも」
小さく言う。
「周りの人はそんなこと考えてない感じで」
一拍。
「普通に受け取ってる」
遥は否定もしない。
「慣れてるんだろ」
「慣れ」
「人に優しくされることに」
生徒は少し笑う。
「自分、慣れてないんですかね」
遥は答えない。
沈黙。
窓の外で風が鳴る。
生徒は続ける。
「この前」
少し考える。
「クラスのやつがノート貸してくれて」
一拍。
「普通に“いいよ”って」
指先が止まる。
「それだけなのに」
目線が下がる。
「なんでだろってずっと考えてた」
遥は机の端を軽く叩く。
「何かあったか」
「何も」
即答だった。
「それが余計に」
小さく笑う。
「怖かった」
沈黙。
遥は少し間を置く。
「人はな」
ゆっくり言う。
「理由がなくても優しくする」
生徒は顔を上げる。
「そんなことあります?」
「ある」
短い。
「特に」
一拍。
「たいした理由がない時ほど」
教室が静かになる。
生徒は考える。
「……でも」
言葉を探す。
「もし裏があったら」
遥は答える。
「その時に考えればいい」
即答だった。
生徒は少し驚く。
「今じゃなくて」
「今考えても」
遥は続ける。
「材料がない」
一拍。
「想像だけ増える」
生徒は黙る。
窓から入る光が少し弱くなる。
「疑うなとは言わない」
遥は言う。
「でも」
机を軽く指で叩く。
「疑うタイミングは選べ」
生徒は机を見る。
「タイミング」
「優しくされた瞬間に疑うと」
一拍。
「その優しさは全部消える」
教室が静かになる。
「あとで疑え」
遥は続ける。
「それまでは」
少しだけ間。
「借りておけ」
生徒は少し笑う。
「借りる」
「優しさは」
遥は言う。
「返す必要はない」
一拍。
「でも」
窓の外を見る。
「余裕があるとき誰かに回せばいい」
沈黙。
生徒はゆっくり息を吐く。
「……それなら」
少し考える。
「受け取れるかもしれない」
遥は頷かない。
生徒は立ち上がる。
椅子の脚が小さく鳴る。
扉の前で止まる。
振り返る。
「……もし」
一拍。
「本当に裏があったら」
遥は答える。
「その時は」
机の上の紙を整える。
「ちゃんと疑え」
短い。
生徒は少し笑った。
扉が閉まる。
教室はまた静かになる。
優しさは、
いつも理由があるとは限らない。
でも人は、
理由がないときほど、
一番疑う。
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