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事件が片付いてから、数日が過ぎた。
よはく探偵社には、珍しく静かな時間が流れていた。
急ぎの依頼もなく、電話も鳴らない。
「平和すぎない?」
ソファに寝転がったまま、燈が言う。
「平和は嫌いじゃない」
玲は資料の整理を続けながら、淡々と返す。
「嵐の前の静けさってやつだろ」
「縁起でもないこと言わない」
真琴は机の上に肘をつき、くるくるとペンを回していた。
「でも、警察絡みの案件って、だいたい一回で終わらないよね」
「今回も?」
澪が小さく首を傾げる。
「ううん。今回は終わったと思う」
真琴は即答した。
「ちゃんと」
その言い切りに、玲がちらりと視線を向ける。
「珍しいですね。迷いがない」
「だって、木津さんがそう言ってたし」
燈が鼻で笑う。
「へっぽこ信用しすぎ」
「へっぽこだけど、誠実」
真琴は肩をすくめた。
「それに、あの人、無理なことは無理って言うタイプでしょ」
そのとき、ドアがノックされた。
「……来た」
真琴は立ち上がり、迷いなくドアを開ける。
「おー」
立っていたのは木津だった。
今度は完全に私服で、手には紙ファイル。
「タイミング良すぎ」
「偶然だ」
木津は即答する。
「ちょっとだけ、顔出した」
燈が眉をひそめる。
「まだ用あんのかよ」
「仕事じゃない」
そう言いながら、木津は中に入った。
「報告、ついでに」
「報告?」
玲が反応する。
「例の件、正式に書類落ちた。
内部チェックも問題なし」
「完全終了?」
真琴が聞く。
「ああ」
木津は頷いた。
「今回の処理は、正しかった」
その言葉は、警察官としての確認だった。
澪が安心したように息を吐く。
「よかった……」
「ただ」
木津は、そこで一瞬だけ言葉を止めた。
全員の視線が集まる。
「……いや、何でもない」
「ちょっと待って」
真琴が即座に突っ込む。
「その“いや”は何」
「気にすんな」
「気にするに決まってるでしょ」
木津は少し困った顔をした。
「……似てただけだ」
「何が?」
「昔、見た処理に」
燈が身を起こす。
「昔?」
「十年以上前」
木津はそれ以上、踏み込まなかった。
「今回は関係ない」
玲が冷静に整理する。
「過去の案件と形式が似ていただけ、という理解でいいですね」
「ああ」
「内容は別」
「別だ」
その即答は、どこか強かった。
真琴は、木津の顔をじっと見た。
「……なら、いい」
「いいのか?」
「うん」
真琴は笑う。
「今回は終わった話。
無理に繋げる気ないし」
木津は、ほっとしたように息を吐いた。
「助かる」
燈が舌打ちする。
「釈然としねえな」
「現場じゃ、そういうの山ほどある」
木津は淡々と言う。
「全部繋げてたら、身がもたん」
「それ、警察の台詞?」
「警察だから、だ」
少しだけ、重い沈黙。
木津はファイルを閉じ、立ち上がる。
「今日はそれだけ」
「もう帰るの?」
「ああ」
ドアの前で、立ち止まる。
「真琴」
「なに」
「深入りするな」
真琴は、さっきより少しだけ真面目な顔で返す。
「分かってる」
「……ならいい」
木津は去った。
「……絶対、分かってないって顔だった」
燈が言う。
「でも、今は本当に終わった事件」
玲は冷静だった。
「今は、ね」
澪が小さく付け足す。
真琴は、ペンを止めて天井を見上げる。
「今回は、ちゃんと終わった」
言い聞かせるように。
けれど。
“似てた”
その一言だけが、
ほんの小さな引っかかりとして、心に残っていた。