テラーノベル
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雨が降っていた。
霧雨に近い、気づけば濡れている類の雨だ。
河川敷は、数日前よりもずっと静かだった。
立入禁止のテープは外され、土は均され、痕跡はほとんど残っていない。
「ほんとに何も残らないもんだな」
燈が足元を見下ろしながら言う。
「残さないようにするのが仕事だから」
木津は淡々と答えた。
「警察って、そんなに“きれい”にする?」
真琴の問いに、木津は一瞬だけ視線を逸らす。
「必要なところだけだ」
「必要って?」
「あとで揉めないところ」
玲が手帳に視線を落としたまま言う。
「後処理のための処理、ですね」
「そう」
木津は頷いた。
「事故だろうが事件だろうが、
“後で説明できる形”にしておく」
澪が辺りを見回す。
「説明……誰に?」
「上にも、遺族にも、世間にも」
木津は足跡があったはずの場所を、しばらく見つめていた。
「現場はな。
正直なままじゃ、使えないことが多い」
「正直?」
「情報が多すぎる」
燈が眉をひそめる。
「それ、隠す言い訳じゃねえの」
「違う」
木津は即答した。
「取捨選択だ」
その言葉は、強かった。
真琴は一歩前に出る。
「じゃあさ」
「なんだ」
「今回の現場は、どこを“選んだ”の?」
一瞬、雨音だけが強くなる。
木津は答えなかった。
代わりに、地面にしゃがみ込み、手袋越しに土を触る。
「……ここは、問題なかった」
「“ここは”?」
玲が拾う。
「全部じゃない?」
「全部じゃない」
木津は立ち上がった。
「でも、事故として成立する部分は揃ってた」
燈が鼻で笑う。
「最低限、ってやつか」
「そう」
「それ以上は?」
「要らない」
その言葉に、真琴は少しだけ目を細めた。
「木津さん」
「なんだ」
「それ、前にも言った?」
木津は、はっきりと首を振った。
「言ってない」
「……そっか」
雨が強くなった。
玲が時間を確認する。
「引き上げましょう。
これ以上見ても、新しい情報は出ません」
「同意」
木津は頷いた。
帰り際、真琴が並ぶ。
「さっきの話」
「どれだ」
「現場が正直すぎると使えない、ってやつ」
「……」
「それ、嫌いでしょ」
木津は、少しだけ笑った。
「嫌いだ」
「でも、やるんだ」
「仕事だからな」
「嘘つき」
真琴は即座に返す。
「木津さん、嫌いなことは顔に出る」
「……探偵は怖いな」
「へっぽこ警官には丁度いい」
木津は小さく息を吐いた。
「真琴」
「なに」
「深入りするな」
また、その言葉。
真琴は立ち止まり、振り返る。
「今はしてない」
「今はな」
「なら、問題ないでしょ」
木津は、それ以上何も言わなかった。
背中を向けて歩き出す。
雨の中、彼の足取りは迷いがなかった。
事務所に戻ると、澪がぽつりと言った。
「……処理って、便利な言葉ですね」
「便利だから使われる」
玲は資料を閉じる。
燈が腕を組む。
「でも、選んだって言ったよな」
真琴は、窓の外を見る。
「うん」
「何を?」
「“残す部分”」
雨がガラスを叩く。
「……でも」
真琴は、軽く首を振った。
「今回は終わった話」
そう、何度も。
言い聞かせるように。
けれどその夜、
真琴はふと、父の古い箱のことを思い出していた。
まだ、開けるつもりはなかった。
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