テラーノベル
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放課後の相談室は静かだった。
扉をノックした音が、少し遅れて聞こえた。
「どうぞ」
入ってきたその人は、立ったまま少し迷ってから椅子に座る。
鞄を膝に置いたまま、手を離さない。
「……最近、周りに言われるんです」
「何を」
「“無理しなくていいよ”って」
日下部は頷くだけで、続きを待つ。
「テストも、部活も、全部そこそこです。倒れたわけでもないし」
「うん」
「でも、ちょっと元気ないって言われて」
視線が床に落ちる。
「休んでいいよって言われると……困ります」
「困る?」
「だって、何をすれば休んだことになるのか分からない」
その声は、弱音というより事実報告だった。
「寝ても、スマホ見ても、何もしなくても」
一拍。
「全部、“サボってる”気がする」
日下部は、少しだけ首を傾ける。
「休むって、何かしなきゃいけない感じ?」
「……はい」
「成果がないとダメ、みたいな」
「休んだ結果、元気にならないと意味ないって思ってます」
日下部は、机に視線を落とす。
「それ、休みじゃなくて“回復作業”だな」
「え」
「休みって、本来、意味なくていい」
相手は戸惑った顔をする。
「意味ないと、罪悪感が出ます」
「知ってる」
即答だった。
「ずっと、何か役に立ってないと不安なんだろ」
図星だったのか、返事はなかった。
「休んでるときも、“次に動くため”を考えてる」
「……はい」
「それ、頭がずっと仕事中だ」
日下部は、少し間を置いて続けた。
「“休めない”って、怠けじゃない」
「……」
「休む練習を、したことがないだけ」
相手の肩が、ほんの少し下がる。
「練習……?」
「最初からうまく休める奴、いない」
日下部は、少し照れたように言った。
「俺も、何もしないと落ち着かない」
その一言で、場の温度が変わる。
「じゃあ……どうすれば」
「短くていい」
「短く?」
「“五分だけ、何もしない”」
「五分」
「それで、罪悪感が出たら」
一拍置く。
「“あ、今出てきたな”って気づくだけでいい」
「止めなくていい?」
「止めなくていい」
日下部は視線を合わせる。
「休みって、気持ちよくなるためじゃなくて」
「……」
「“自分を追い立てない時間”を作ることだから」
沈黙が落ちる。
でも、重くはなかった。
「……それなら」
声が少し柔らぐ。
「できるかもしれません」
「それで十分」
日下部は、短く言った。
「休めるようになるのは、あとからだ」
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