テラーノベル
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それは、高校三年の春だった。
教室は昼休みでうるさい。
机をくっつけてカードゲームをしているグループ。
凪もそこにいた。
というより、そこに置かれていた。
「凪、ジュース」
「いいよ」
凪は立ち上がる。
財布を持って廊下に出る。
コンビニで六本買う。
戻る。
机に並べる。
男子が一本取る。
「サンキュ」
誰もお金を出さない。
凪も何も言わない。
別にいい。
それで空気が軽いなら。
ゲームが続く。
「うわ負けた」
「罰ゲームー」
誰かが笑う。
「なあ」
別の男子が凪を見る。
「凪ってさ」
「ん?」
「犬っぽくね?」
教室が少し静かになる。
それから笑い。
「わかる」
「わかるわ」
「なんでもやるし」
誰かがノートを丸める。
テープで止める。
即席のリード。
「ほら」
凪の首にかける。
「似合う」
爆笑。
スマホが出る。
カメラ。
「動画撮ろ」
凪は笑う。
別にいい。
このくらいなら。
男子が言う。
「お手」
凪は手を出す。
「伏せ」
凪は床に手をつく。
教室が揺れるくらい笑う。
「やば」
「マジでやる」
「犬じゃん」
カメラが近づく。
凪は笑う。
笑っていれば
空気は悪くならない。
誰かが言う。
「なあ」
「鳴けよ」
「え?」
「犬なんだから」
笑い。
凪は少しだけ考える。
でも空気が重くなるのは嫌だ。
凪は小さく言う。
「……ワン」
教室が爆発する。
「やばすぎ」
「マジで犬」
スマホのカメラが揺れる。
笑い。
笑い。
笑い。
凪も笑う。
そのとき。
ふと視線を感じる。
教室の後ろ。
蒼。
蒼は壁にもたれていた。
腕を組んでいる。
蒼は笑っていない。
ただ見ている。
凪は少しだけ安心する。
蒼は笑わない。
放課後。
凪は校門を出る。
後ろから足音。
「凪」
振り向く。
蒼。
「帰んの」
「うん」
蒼は少しだけ後ろを見る。
さっきの男子たちが、まだ笑いながら歩いている。
「おい犬」
声が飛ぶ。
笑い。
蒼が舌打ちする。
「凪」
「ん?」
「帰れ」
「帰ってるよ」
蒼は凪の手首をつかむ。
そのまま歩き出す。
凪は少し驚く。
蒼は振り返らない。
後ろの男子が言う。
「なに蒼」
蒼は言う。
「うるせえ」
それだけ。
男子たちは止まる。
追ってこない。
蒼はそのまま歩く。
凪の手首をつかんだまま。
しばらく歩いて、駅前で止まる。
蒼は手を離す。
「……」
凪は少しだけ手首を見る。
蒼が言う。
「お前さ」
「ん?」
「嫌じゃねえの」
凪は考える。
少しだけ。
それから言う。
「嫌われる方が嫌」
凪は笑う。
蒼は黙る。
凪は少し考えて言う。
「それに」
「?」
「蒼」
「ん」
「笑わないし」
蒼は少しだけ眉を寄せる。
凪は笑う。
「みんな笑うじゃん」
蒼は何も言わない。
しばらく沈黙。
駅前の信号が変わる。
凪は歩き出す。
「じゃあ」
「……」
「蒼」
「ん」
「今日ありがと」
蒼は眉をひそめる。
「何が」
凪は少しだけ笑う。
「なんとなく」
蒼は何も言わない。
凪は駅の改札に入る。
振り返ると、蒼はまだそこに立っていた。
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