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昼休み。
弁当の匂いと談笑が教室いっぱいに広がる中で、遥の机の周りだけぽっかりと穴が開いていた。机はわずかに押しやられ、孤島のように離されている。
「近寄んなよ、マジで臭うし」
「またやられたんだろ? 髪ベタベタじゃん」
誰も隣に座らない。わざと遠ざかる。笑い声とひそひそ声が背中に刺さる。
遥は下を向き、震える手でハンカチを取り出した。濡れた髪を押さえようとした瞬間、後ろから甲高い声。
「なにそれ、雑巾? 机でも拭くの?」
笑い声が弾けた。遥は動きを止め、そのままハンカチを机に落とした。
隣の女子が鼻をつまみながら言った。
「ごめん、無理。ほんと近くで食えない。移動してくんない?」
遥の肩が小さく跳ねた。声を殺すように、両腕で自分の体を抱き込む。
けれど、耐えようとする沈黙は長く続かなかった。
喉の奥から、勝手に声が漏れた。
「……もう……やめてくれ……」
すぐに周囲がざわつく。
「え? 今なんか言った?」
「“やめてくれ”だって! うわ、情けな!」
机を叩いて笑う音。
遥は唇を噛み、必死に黙ろうとする。けれど、抑えきれない。
「……ごめん……ほんとに……俺……俺が悪いんだ……全部……」
声は弱々しく途切れながら続く。
「……汚いのも……臭いのも……わかってる……ちゃんとわかってるんだ……だから……放っといて……お願いだから……」
クラスの何人かが爆笑した。
「聞いた? “俺が悪いんだ”だって!」
「マジでセルフ罰ゲームじゃん」
「もっと言えよ! “俺は便所の雑巾です”って!」
嘲りが重なるたび、遥は机に顔を伏せて小刻みに震えた。髪が額に張りつき、唇だけがかすかに動く。
「……俺なんか……いなくてもいい……いても迷惑かけるだけだって……わかってる……」
「……ごめん……ほんと……ごめん……」
声は小さく掠れていたが、確かに周囲に届いていた。
だがその必死の吐露は、誰の同情も呼ばない。むしろ新しい玩具のように弄ばれていく。
「ほら、もっと謝れよ! ほらほら!」
「“ごめん”しか言えねーの? ほんと雑魚!」
笑い声が教室に弾ける。
遥は机に突っ伏したまま、震える声で繰り返すしかなかった。
「……ごめん……ごめんなさい……俺……生きてて……ごめんなさい……」
それはもう誰に届くこともなく、ただ空虚な反響として教室に消えていった。