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放課後の教室は、少しだけ空気が重かった。
窓は開いている。
でも風は弱い。
机を挟んで、生徒が座っている。
スマホは手の中。
画面は点いたまま。
しばらく話さない。
遥も急かさない。
廊下の奥で、誰かの足音。
止まって、また遠ざかる。
「……見てるのに」
生徒が言う。
「既読つけたくないんです」
遥は顔を上げない。
「通知で内容は見えてて」
一拍。
「読んでるのに」
指が少し止まる。
「開けない」
沈黙。
「開いた瞬間」
続ける。
「“返さなきゃ”になるから」
机の木目を見る。
「それが、なんか」
小さく笑う。
「しんどい」
遥は机の端に指を置く。
「返すのが面倒か」
生徒は少し考える。
「……面倒っていうか」
首を振る。
「ちゃんと返したい」
一拍。
「でも」
声が少し小さくなる。
「ちゃんと考える気力がない時もある」
教室は静か。
「だから」
続ける。
「見てないことにする」
遥は短く言う。
「時間を止めてるだけだな」
生徒は少し笑う。
「そうかもです」
沈黙。
窓の外でボールが弾む。
遥はゆっくり言う。
「既読はな」
一拍。
「合図だ」
生徒の目が少し上がる。
「合図?」
「見た」
机を軽く叩く。
「受け取った」
もう一度。
「それだけ」
教室が静かになる。
「でも」
生徒は言う。
「返事しないと」
遥は答える。
「すぐじゃなくていい」
短い。
生徒は黙る。
「既読をつけると」
遥は続ける。
「“すぐ返す義務”が発生する気がする」
一拍。
「それが怖いだけだ」
生徒は少し考える。
「……そうです」
小さく言う。
「じゃあ」
遥は机の端を指でなぞる。
「一回だけ決めろ」
生徒が顔を上げる。
「何を」
「既読をつけたあと」
一拍。
「返事は遅れていいって」
沈黙。
「自分で決める」
生徒は少し笑う。
「そんなのでいいんですか」
「今も」
遥は言う。
「遅れてる」
短い。
教室が静かになる。
生徒はスマホを見る。
少しだけ考える。
やがて、画面を開く。
既読がつく。
「……つけました」
小さく言う。
遥は何も言わない。
生徒はスマホを伏せる。
「すぐ返さなくてもいいって」
一拍。
「思ってみます」
立ち上がる。
椅子が少し鳴る。
扉の前で止まる。
振り返る。
「……返すの遅かったら」
一拍。
「嫌われますかね」
遥は答える。
「相手による」
短い。
「でも」
机の上の紙を整える。
「全部の相手に合わせると」
一拍。
「お前が止まる」
生徒は少し笑う。
扉が閉まる。
教室はまた静かになる。
既読は、会話の終わりじゃない。
ただ、受け取ったという印が一つ増えるだけだ。