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夜のキッチンは、昼間よりも静かだった。アレクシスはエプロンをかけ、まな板の上に並んだ野菜を見つめる。
包丁の音が、控えめに響いた。
奥の部屋からは、テレビの音と、真白の小さな笑い声。
「アレク、何作ってるの?」
「スープ。冷蔵庫の整理もかねて」
「いい匂いする。手伝おうか?」
「お願い。にんじん、薄く切れる?」
「おっけー!」
真白は袖をまくり、慣れない手つきで包丁を握った。
トントンと音を立てながら、たまにリズムが崩れる。
アレクシスはその様子を横目で見て、少しだけ笑った。
「真白、指気をつけて」
「大丈夫だって。……あっ」
「切った?」
「いや、ちょっとかすっただけ」
「それを切ったって言うんだよ」
「うわ、バレた」
アレクシスは小さくため息をつきながら、そっと絆創膏を取り出す。
真白が手を差し出すと、思ったよりも近かった。
白い指先に、柔らかく触れる。
小さな傷なのに、やけに鼓動が大きく響く。
「……これでよし」
「ありがとう。アレクって、ほんと優しい」
「怪我されたら困るから」
「ふふ、照れてる?」
「照れてない」
真白はにやりと笑い、アレクシスはスープをかき混ぜるふりをした。
鍋の中で、湯気がふわりと立ちのぼる。
部屋の灯りが柔らかく反射して、二人の影が壁に重なった。
「ねぇアレク、こういうの、なんかいいね」
「こういうの?」
「一緒に料理してる感じ。……なんか“家族っぽい”」
「そう言われると、少し照れる」
「でもさ、いい意味で。なんか落ち着く」
アレクシスは木のスプーンで味を見た。
少し塩を足して、そっと真白に差し出す。
「味見、してみる?」
「ん、……あ、ちょうどいい」
「よかった」
「ねぇアレク」
「ん?」
「オレ、アレクの作るスープ、けっこう好き」
「……ありがとう」
言葉は短かったけれど、心のどこかがほんの少しだけ温かくなる。
火を止め、食卓にスープを並べる。
窓の外は夜の風が吹き、木々がゆらめいていた。
「いただきます」
「どうぞ」
スプーンがぶつかる音、湯気、静かな灯り。
世界がこの小さなキッチンに閉じ込められたように感じた。
真白がふと笑う。
「ねぇ、また作ろうね」
「いいよ。次は何がいい?」
「うーん……今度は、デザート?」
「君が切らなければ」
「え、信用ない?」
「実績がある」
二人の笑い声が、湯気の向こうで混じり合った。
夜のキッチンには、あたたかな匂いと、心地よい沈黙が残っていた。