秋晴れの校庭にアナウンスが響いていた。観覧席には保護者や地域の人々まで集まり、グラウンドはざわめきに包まれている。体育祭の「借り物競走」の時間――。
クラス代表の生徒がマイクを持ち、笑顔で読み上げる。
「次のお題は……“奴隷”!」
観客席に一瞬の笑いが広がった。教師もマイクを奪うことなく、苦笑を浮かべただけで見守っている。
「おーい、奴隷って言ったら決まってんだろ!」
「遥! お前だよ!」
十数人の声が重なり、グラウンドの空気が熱を帯びる。押し出されるように、遥は校庭の真ん中へ引きずり出された。抵抗は許されなかった。誰もが知っている「役割」だからだ。
「走れよ、奴隷!」
「転んでも這いつくばれよ!」
歓声に押され、遥はよろめきながらスタートラインに立つ。足はまだ昨日の暴力で痛み、爪のない指はチョークの粉で裂けたまま固まっている。
笛の音と同時に走り出すが、背後から誰かがわざと足を蹴った。遥は前につんのめり、土の上に顔を打ちつける。観客席からどよめきが起き、それがすぐに笑いに変わった。
「ほら立てよ!」
「犬でももっと速いぞ!」
別の走者が遥の襟首を掴み、引きずるように一緒に走り出す。砂が口に入り、咳き込んでも止まらない。
ゴールにたどり着くころには、全身が土だらけだった。クラスの仲間は歓声を上げ、教師は「盛り上がってるな」と笑ってマイクで叫んだ。
「これぞ青春! チームワークだ!」
その言葉に、会場中が拍手を送った。遥の屈辱と痛みは、ただの「演出」として消費されていく。
走り終えたあとも解放はなかった。背中を押され、次の種目――騎馬戦――の「土台」にされる。
「おい、下に回れよ。お前が馬な」
「潰れても文句言うなよ?」
四人分の体重が遥の背中にのしかかり、膝が震える。地面に顔を擦りつけながら耐えるしかない。頭上で笑い声と歓声が重なり合い、痛みも屈辱も歓声にかき消されていった。
誰一人止めなかった。教師も、生徒も、保護者も。むしろ「場が盛り上がる」ことを歓迎するかのように。







