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遥の相談室3

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遥の相談室3

3 - 第3話 分かってる役を、降りられない

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2026年02月05日

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放課後の校舎は、昼より音が少ない。

遠くの部活の掛け声が反響して、近くの静けさを強くする。


教室の隅、机を二つ並べただけの相談スペースに、生徒が来た。

中学生。制服の袖が少し長い。椅子に座ると、背中を丸めた。


しばらく、何も言わない。

遥は、急かさない。黒板の端に残ったチョークの線を見ている。


「……話すの、得意じゃないです」


生徒が、ようやく言った。

声は小さいが、逃げてはいない。


「考えてないわけじゃないんです。

むしろ、考えすぎるくらいで」


遥は、視線だけ向ける。


「でも、

“何も考えてなさそう”って言われます」


生徒の指が、机の縁をなぞる。


「授業でも。

話し合いでも。

先に話が決まって、

終わってから聞かれるんです」


一拍。


「“なんで言わなかったの?”って」


遥は、短く息を吐いた。


「言う前に、終わってるなら」

「言えないですよね」


生徒は、少しだけ頷いた。


「言おうとしてたこと、

頭の中にはちゃんとあって」


言葉を探す間、沈黙が落ちる。


「でも、 声に出す前に、

“どうせ通らない”って思うんです」


遥は、その“どうせ”を聞き逃さない。


「通らなかった経験が、ある」


生徒は、答えない。

代わりに、肩がわずかに下がる。


「……あると思います」

「それでな」


遥は、机の上に置かれたペンを見る。


「静かなやつほど、

“分かってる扱い”されやすい」


生徒が、目を上げる。


「分かってる、って」

「説明しなくてもいい。

納得してる。

文句がない」


一つずつ、区切る。


「そういう役」


生徒は、唇を噛んだ。


「俺、納得してないことも多いです」

「だろ」


遥は、淡々と返す。


「でも、訂正しないから、周りは気づかない」


教室の外で、ドアが閉まる音がした。


「訂正するの、疲れるんです」


生徒は、ぽつりと言った。


「説明しても、

“めんどくさい”って顔されるし」

「それでも、後で聞かれる」

「……はい」

「しんどいな」


遥は、短く言う。


「静かなやつが、一番消耗する構図だ」


生徒は、苦笑した。


「静かにしてるだけなのに」

「してる“だけ”じゃない」


遥は、言葉を選ぶ。


「空気を壊さないように、

タイミングを測って、

無駄を省いてる」


生徒の目が、揺れる。


「それ、ちゃんと仕事だ」


少し間があった。


「……仕事、なんですか」

「頭、使ってる」


遥は続ける。


「ただな、評価されにくい」


生徒は、黙る。


「評価されないと、自分でも分からなくなる」


遥の声は低い。


「考えてるのか、考えてないのか」


生徒は、ゆっくり頷いた。


「最近、

自分が何考えてるのか、

分からなくなる時あります」

「それはな」


遥は、生徒を見る。


「周りのペースで、答えを出し続けた後だ」


生徒の手が、止まった。


「一個、やってみろ」

「……何を」

「結論だけ言う」


生徒は、戸惑う。


「理由、説明しなくていい」


遥は続ける。


「“それは違うと思う”

“まだ決めなくていい”

それだけでいい」


生徒は、息を吸う。


「反論、来ますよね」

「来る」


遥は即答する。


「でも、

“何も考えてない”扱いは、

されなくなる」


生徒は、考え込む。


「怖いです」

「分かる」


遥は否定しない。


「でもな、

今も十分、怖い場所にいる」


生徒は、目を伏せた。


「選ばれないのも、

軽く見られるのも、

慣れてきちゃって」

「慣れたら、抜けにくくなる」


遥は静かに言う。


「慣れは、檻になる」


生徒は、深く息を吐いた。


「……一回だけ、やってみます」

「一回でいい」


遥はそれ以上、言わない。

椅子が引かれる音。

生徒は立ち上がる。


扉の前で、一瞬だけ止まった。

背中はまだ小さい。

でも、完全には縮こまっていなかった。


扉が閉まる。

遥は、机の位置を少しだけ直す。

放課後の光は、もう薄い。


それでも、次の足音が、廊下の奥から近づいてきていた。

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