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放課後の空気は、まだ冬を引きずっていた。窓の外は明るいのに、廊下はもう夕方の色で、教室の中だけ時間が止まっているみたいだった。
机を二つ並べた相談スペースに、女子生徒が来る。
制服のリボンが少し曲がっているのに、直さない。
座っても、カバンは膝から離さなかった。
「……別に、嫌われてるわけじゃないと思うんです」
遥は何も言わない。
黒板の隅に残った、消しきれないチョークの粉を見ている。
「普通に話すし、笑うし。
グループにもいるし」
一度だけ、息を吸う。
「でも、
いつも“最後”なんです」
その言い方に、迷いはなかった。
「席替えとか、班とか、ペアとか。
誰かが余った時に、入る感じで」
指が、スカートのしわを整える。
整えても、またすぐ崩れる。
「……選ばれたこと、あんまりなくて」
遥は視線だけ向けた。
「だから、
もういいやって思ってるんです」
その「いいや」は、投げていない。
置いてきたみたいな響きだった。
「期待しない方が、楽だし。
どうせ順番だし」
遥は、短く息を吐く。
「慣れたか」
女子は少し笑う。
「慣れました。
慣れた方が、ラクです」
でも、笑いは続かない。
「ただ、
たまにだけ」
間が落ちる。
「ほんとに、たまにだけ、
しんどくなる日があって」
机の角を見る。
「“誰でもよかった枠”に
自分が入ってるの、
分かっちゃう時」
遥はすぐに言葉を返さない。
外から、ボールの音が一回だけ聞こえた。
「選ばれないことに慣れると」
遥が言う。
「選ばれなくても平気な顔が、
上手くなる」
女子は頷いた。
「平気ですって、言えるし。
実際、泣くほどじゃないし」
「でも、残る」
女子は答えない。
代わりに、膝の上のカバンを強く抱えた。
「……はい」
遥は、机の端を指でなぞる。
「“選ばれない前提”で動く癖がつくと」
声は低い。
「選ばれそうな場面でも、
一歩引くようになる」
女子の肩が、わずかに動く。
「引いてるかもしれないです」
#BUDDiiS
にこにこ
1,863
央雅
102
「だろうな」
否定はしない。
「先に引いとけば、
外れてもダメージ少ない」
女子は、少し笑う。
「防御、ですよね」
「防御だな」
遥は続ける。
「ただ、
それ続けてると」
少し間を置く。
「“選ばれる可能性”ごと、
自分から外す」
女子は黙る。
考えている顔だった。
「……でも、
選ばれないの、
もう慣れてるし」
「慣れは、
痛みを鈍くする」
遥は淡々と言う。
「なくすわけじゃない」
沈黙。
廊下を誰かが走る音がして、また遠ざかる。
「どうしたらいいですか」
女子は小さく聞く。
「急に前出るの、無理です」
「急に出なくていい」
遥は即答する。
「一個だけ、変えろ」
女子が顔を上げる。
「余った席に入る時」
遥は続ける。
「“ありがとう”って言うな」
女子は、少し驚いた顔をした。
「え」
「助かった側の顔、
しなくていい」
静かな声。
「対等で座れ」
女子は言葉を失う。
「……そんなこと、
考えたことなかったです」
「だろうな」
遥は視線を外す。
「選ばれなかった回数、
多いほど」
少しだけ声が掠れる。
「入れてもらえただけで、
下に回る癖つく」
女子は、ゆっくり頷いた。
「やってみます」
「一回でいい」
遥はそれ以上言わない。
椅子が引かれる音。
女子は立ち上がる。
カバンの持ち方が、来た時より少しだけ軽い。
扉の前で、振り返らない。
そのまま出ていく。
静かになった教室で、遥は空いた椅子を見る。
「……選ばれないのに慣れると、
自分で自分を外し始める」
誰に向けるでもなく、呟く。
窓の外は、もう暗い。
でも廊下の奥から、また足音が近づいていた。