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羽海汐遠
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#探偵
橘靖竜
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月詠 朱猫
63
夜の市場は静かだった。
昼間の喧騒が嘘のように、人の気配が消えている。
石畳の上を、レオンはゆっくり歩いていた。
祝福の儀式から三日。
街は、もう彼を忘れ始めている。
――無祝福。
その言葉は、思ったより長く残らなかった。
噂は一瞬燃えて、すぐ別の話題に移る。
英雄候補の兄。
剣聖候補の誕生。
神殿の発表。
人々が覚えているのは、そちらだ。
「……」
レオンは立ち止まる。
昼なら屋台が並ぶ広場。
今は空の木箱だけが残っていた。
ふと、声が聞こえる。
「そこ、通れる?」
振り向く。
荷車を押している老人がいた。
車輪が石の段差に引っかかっている。
レオンは近づいた。
「持ち上げます」
「おお、助かる」
木の車輪を少し浮かせる。
荷車は段差を越えた。
老人が息を吐く。
「若いのに力あるな」
「普通です」
「いやいや」
老人は笑う。
「祝福は?」
少しだけ、間があく。
レオンは答える。
「ありません」
老人は驚かなかった。
「ああ」
それだけ言う。
気まずい沈黙もない。
慰めもない。
ただ、普通の声で言った。
「まあ、そんなもんだ」
レオンは少し眉を上げる。
「そんなもん?」
「人生なんて」
老人は荷車の上の袋を叩いた。
「祝福があっても腹は減る。なくても腹は減る」
「……」
「結局、働くしかない」
レオンは苦笑する。
「身も蓋もないですね」
「本当のことだ」
老人は肩を回す。
「儀式の日は毎年騒ぎになる。
でもな」
夜の市場を見回す。
「三日もすれば誰も気にしない」
「……」
「良い祝福をもらった奴も、
普通の祝福の奴も、
無祝福の奴も」
老人はレオンを見る。
「みんな同じ顔で朝働く」
しばらく沈黙があった。
風が吹く。
屋台の布が揺れる。
老人は荷車を押しながら言った。
「お前、名前は?」
「レオン」
「レオンか」
老人はうなずく。
「いい名前だ」
「祝福より?」
「そりゃそうだ」
笑う。
「祝福は神様の気まぐれだが、名前は親がつけたもんだ」
レオンは何も言わなかった。
少しだけ、胸が痛む。
家のことを思い出す。
父の沈黙。
母の視線。
兄の光。
老人は気づかないふりをして言った。
「まあ、若いんだ。
なんとかなる」
「そう思います?」
「思わん」
即答だった。
レオンは吹き出す。
老人も笑う。
「でもな」
荷車を止めて、振り返る。
「なんとかするのがお前の仕事だ」
静かな声だった。
説教でもない。
励ましでもない。
ただの事実みたいに。
レオンはしばらく黙っていた。
それから言う。
「……そうですね」
老人はうなずく。
「じゃあな、レオン」
「はい」
荷車の音が遠ざかる。
夜の市場にまた静けさが戻る。
レオンはその場に立ったまま、空を見上げた。
星が出ている。
祝福の光より、ずっと小さい光。
でも。
確かにそこにある。
レオンは小さく息を吐いた。
そして歩き出した。
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