まだ祝福の儀式を知らない頃の話だ。
庭で剣の真似事をしていた。
枝を拾って、振るだけの遊び。
だがアルトは最初から形になっていた。
「違う」
アルトが言う。
レオンの腕を軽く押す。
「こう」
腕の角度を直す。
足の位置も。
「剣はここから振る」
「……うん」
レオンが振る。
枝が空気を切る。
アルトは少し考えてから言う。
「さっきよりいい」
それだけで、レオンは少し嬉しい。
アルトはなんでもできた。
走れば速い。
木登りも上手い。
剣ごっこでも、いつも勝つ。
「もう一回」
レオンが言う。
「いいよ」
枝がぶつかる。
カン、と軽い音。
二回。
三回。
レオンの枝が弾かれる。
地面に落ちた。
「また負けた」
レオンが笑う。
アルトは首を傾げる。
「悔しくないの?」
「悔しいよ」
「でも笑ってる」
レオンは枝を拾う。
「アルトが強いのは知ってるから」
アルトは少し黙る。
「……変なの」
「そう?」
「普通は嫌がる」
アルトは言う。
「弟って、兄に負けると機嫌悪くなる」
レオンは少し考える。
「でも」
「なに」
「アルトだから」
その言葉に、アルトは少し目を細める。
「意味わからない」
「うん」
レオンも笑う。
そのとき。
家の中から父の声がした。
「アルト」
アルトが振り向く。
「はい」
父が庭に出てくる。
アルトを見る目は、少しだけ期待が強い。
「剣の稽古をする」
「今?」
「今だ」
アルトは頷く。
レオンも立ち上がる。
「僕も」
父は一瞬だけレオンを見る。
ほんの少しの間。
それから言う。
「……見ていろ」
短い言葉だった。
レオンは黙る。
アルトは気づいた顔をした。
少しだけ困った顔。
でも何も言わない。
父は木剣をアルトに渡す。
「構えろ」
アルトはすぐ構える。
さっきの遊びとは違う。
ちゃんとした構え。
父が打ち込む。
アルトが受ける。
音が重い。
レオンは少し離れて見ている。
アルトは強い。
父の剣を受けるたび、少しずつ良くなっていく。
父が言う。
「いい」
珍しく、はっきりした声。
レオンはその言葉を聞く。
胸の奥が少しだけ、静かになる。
悔しいわけじゃない。
ただ。
少し遠い。
稽古が終わる。
父はアルトの肩を軽く叩いた。
「続けろ」
それだけ言って家に戻る。
アルトが振り返る。
レオンを見る。
少し黙ってから言う。
「……ごめん」
「なんで?」
「わからないけど」
レオンは笑う。
「大丈夫」
枝をまた構える。
「もう一回やろ」
アルトは少しだけ考える。
それから木剣を置く。
枝を拾う。
「いいよ」
また軽い音が庭に響く。
カン。
カン。
その頃はまだ、誰も知らない。
未来の祝福も。
無祝福も。
ただ、兄弟だった。






