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「いなくていい」という空気は、数日で“前提”になる。
前提になると、人は遠慮をしなくなる。
最初に変わったのは、声量だった。
隠さなくなる。
わざと聞こえる距離で言う。
「まだ来てる」
「メンタルどうなってんの」
「逆に才能」
笑い声。
誰も小声にしない。
遥は反応しない。
反応しないから、続く。
「返事しろよ」
後ろから椅子を蹴られる。
強くはない。
でも、毎回。
ガン、と鳴る。
授業中でもやる。
教師は一瞬だけ見る。
見て、何も言わない。
もう注意する段階は終わっている。
“そういう扱いのやつ”として
教室のバランスに組み込まれている。
ノートを書いていると、
横からシャーペンを取られる。
「貸して」
返さない。
遥は手を止めない。
予備を出す。
「予備持ってんのかよ」
笑い。
そのシャーペンが、
床に投げられる。
拾わない。
拾うと、
次はもっと遠くに投げられる。
昼休み。
弁当箱を開ける前に、
机が揺れる。
中身が少し傾く。
「あ、ごめん」
笑ってない声。
謝っている形だけ。
遥は弁当を閉じる。
食べない。
「食えよ」
「残すなよ」
「もったいねー」
笑いながら、
弁当箱の上に手を置かれる。
開けられる。
箸で一口取られる。
「普通」
「味しねー」
別のやつがもう一口。
遥は何も言わない。
全部食べられる前に、
弁当を閉じる。
「怒んねーの?」
「ほんと反応しねーな」
「つまんね」
つまらない、という言葉の後に、
少しだけ強くなる。
廊下で肩を押される。
壁にぶつかる。
「前見ろよ」
見ていた。
でも、関係ない。
階段で足を引っかけられる。
一段だけ崩れる。
転びはしない。
「危な」
「気をつけろって」
笑い。
笑いながらやるのが、今の段階。
壊すためじゃない。
壊れるかどうかを見るため。
放課後。
教室に残っていると、
鞄を蹴られる。
「まだ帰らねーの?」
返事しない。
「帰るとこあんの?」
数日前と同じ言葉。
でも、距離が近い。
机の上に手をつかれる。
「なぁ」
視線を合わせない。
顎を指で上げられそうになって、
その手が途中で止まる。
「……やめとけ」
別の声。
「見られてる」
笑いながら離れる。
やめた理由は、
優しさじゃない。
タイミングが悪いだけ。
廊下に出る。
後ろから声。
「そのうちマジで来なくなるだろ」
「てか、来なくなっても気づかなくね?」
「気づくわ。静かになるし」
笑い。
遥は歩く。
足取りは変わらない。
速くも、遅くもない。
家に帰るのが楽なわけじゃない。
でも、学校に残る理由もない。
校門を出るとき、
背中に何か当たる。
軽いもの。
ペットボトル。
振り返らない。
「ノーリアクション王」
「すげー」
「逆に怖い」
笑い。
校門の外へ出かけたところで、
後ろから声が飛ぶ。
「――早く消えればいいのに」
小さくもない。
大きくもない。
普通の声量。
だからこそ、
はっきり届く。
遥は止まらない。
聞こえていないふりをする。
でも、頭の中では
何度も再生される。
(消えればいい)
その言葉自体は、
珍しくない。
ずっと前から言われている。
でも――
今は違う。
全員が同じ前提で言っている。
冗談でも、勢いでもない。
日常会話の一部として。
それが、
いちばん静かに効く。
遥は歩き続ける。
足は止まらない。
止めない。
止まったら、
本当に“いなくてもいい側”に
完全に落ちる気がするから。