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寿命㌫(主)
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朝。
教室の窓が開いていた。
少し湿った風が入る。
誰かが「雨降りそう」と言う。
遥は何も反応しない。
席に座って教科書を開く。
ページをめくる。
文字を追う。
頭には入っていない。
教師が来るまで、まだ数分ある。
教室には笑い声があった。
机を寄せる音。
椅子を引く音。
そのどれも、自分には関係のないものだった。
遥は視線を落としたまま、小さく息を吐く。
その時。
教室の扉が開く音がした。
反射だった。
考えるより先に、顔が少しだけ動く。
入口を見る。
入ってきたのは、別のクラスの教師だった。
すぐに視線を戻す。
(……何やってんだ)
意味はない。
ただ音がしたから見ただけ。
そう思うことにする。
しばらくして、また扉が開く。
今度はクラスメイトが数人入ってきた。
笑いながら席へ向かう。
違う。
また視線を戻す。
自分でも理由は分からない。
チャイムが鳴る直前。
三度目に扉が開く。
日下部だった。
教科書を脇に抱え、いつもと変わらない顔で教室へ入る。
遥はその姿を見た瞬間には、もう前を向いていた。
見た時間は一秒もない。
それだけだった。
それだけのはずだった。
それなのに。
胸の奥に張っていたものが、少しだけ緩む。
(……違う)
違う。
そうじゃない。
遥はペンを握り直す。
握る力が少し強い。
授業が始まる。
教師の声が教室を満たす。
遥は板書を書き写す。
文字を書く。
線を引く。
いつもと同じ。
何も変わらない。
変わってはいけない。
休み時間。
教科書を閉じる。
席を立つ。
廊下へ出る。
人が多い。
すれ違う。
避ける。
それだけ。
角を曲がる。
ふと、後ろで誰かが笑った。
肩がわずかに強張る。
振り向かない。
振り向く必要はない。
歩き続ける。
そのまま階段を下りる。
踊り場まで来たところで、足が止まりかけた。
下から誰かが上がってくる足音。
一定の速さ。
聞き慣れた靴音。
(日下部……)
思った瞬間、自分で驚く。
顔も見ていない。
足音だけで、そう思った。
階段を上がってきたのは、知らない教師だった。
遥は何事もなかったように歩き出す。
(違った)
ただ、それだけ。
なのに。
心のどこかで「違った」と思っている自分がいる。
その事実が嫌だった。
昼休み。
購買へ向かう人の流れを避けながら歩く。
窓ガラスに自分が映る。
疲れた顔。
眠そうな目。
見慣れた顔。
ガラスの向こう。
廊下の反対側を日下部が歩いていくのが見えた。
誰かと話している。
笑っているわけではない。
普通に会話をしているだけ。
遥は立ち止まらない。
そのまま歩く。
歩きながら、
視界の端から日下部が消えるまでを、無意識に追ってしまう。
角を曲がり、姿が見えなくなる。
その瞬間。
ようやく前を向いた。
(……まただ)
何度目だ。
教室。
廊下。
階段。
扉。
足音。
姿。
探しているつもりはない。
確認するつもりもない。
それでも身体が先に動く。
「いる」
「いない」
それだけを。
勝手に確かめている。
理由は分からない。
考えたくもない。
もし理由をつけてしまったら、
それが本当になってしまう気がした。
だから遥は今日も、自分に言い聞かせる。
――ただの癖だ。
――意味なんてない。
そう繰り返しながら教室へ戻る。
教室の扉を開ける。
日下部はまだ戻ってきていなかった。
その事実に気づいた瞬間だけ、
胸の奥が、ほんのわずかにざわつく。
遥はその感覚ごと押し込めるように席へ座り、何事もなかったようにノートを開いた。
コメント
1件
うわああ…めっちゃわかる…😭💔 ずっと心がざわついてて、無意識に日下部くんを探しちゃう遥くん、切なすぎるよ…! 「理由をつけたら本当になってしまう」って伏せられた気持ち、隠せば隠すほど溢れてるのが伝わってきて胸が苦しくなった…。 足音だけで本人って思っちゃうのも、胸のざわつきを押し込めるのも、もう完全に恋じゃん…!! でも本人が認めてないから、読み手としてはもどかしくて、でも尊くて…! この距離感、描写が丁寧でどんどん引き込まれました…!📖💫