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それから数日、俺はあいつらに近づかなかった。
近づけなかった、の方が正しいかもしれない。
廊下ですれ違うことはあった。
でも、向こうはほとんど視線を合わせない。
健太は見ても、何も言わない。
翔は最初から見ない。
奈緒と真里は、少しだけ困った顔をして、でも結局何も言わない。
それだけだった。
それだけなのに、妙に胸に残る。
昼休み。
購買の前でパンを選んでいると、後ろから声がした。
「お前、まだあいつら気にしてんの?」
涼だった。
「……まあ」
「やめとけって言っただろ」
「でもさ」
俺はパンをトレーに乗せながら言った。
「小学校の頃は普通だったんだよ」
「普通?」
「いや、普通っていうか……」
うまく言葉が出ない。
楽しかった、というのは簡単だ。
でも、それだけじゃない気がする。
「……仲良かった」
涼は少しだけ黙った。
それから言った。
「中学、違ったんだろ」
「うん」
「じゃあ知らないのも無理ないな」
「何が?」
涼は一度周りを見てから言った。
「三年の時」
声を落とす。
「うちの中学、結構やばかった」
最初は噂みたいな話だった。
あるグループがいたらしい。
三年の男子。
そいつらが学校の空気を全部握っていた。
逆らうと面倒なことになる。
先生もあまり関わらない。
「よくある話だろ」
涼は言った。
「でも、ちょっと度が過ぎてた」
「……いじめ?」
「まあ」
涼は曖昧に頷いた。
「で」
俺は聞いた。
「……あいつらは?」
涼はすぐ答えなかった。
「完全な主犯ってわけじゃない」
「じゃあ」
「でも」
涼は言った。
「止める側でもなかった」
その日の帰り。
校門の外で、奈緒を見つけた。
一人だった。
少し迷ったけど、声をかけた。
「奈緒」
奈緒は振り返った。
一瞬、驚いた顔をした。
「……何」
「ちょっといい?」
「急いでる」
「少しだけ」
奈緒はため息をついた。
「何」
「中学のこと」
その瞬間、奈緒の顔が固まった。
「……何で」
「涼に聞いた」
奈緒は目を逸らした。
しばらく沈黙が続く。
夕方の光が、道路を長く照らしていた。
「……別に」
奈緒が言った。
「大したことじゃない」
「でも」
「もう終わったこと」
声が少しだけ強かった。
「だから」
奈緒は言った。
「掘り返さないで」
その時だった。
「奈緒」
後ろから声がした。
翔だった。
健太と真里も一緒だった。
奈緒は一瞬だけ顔を強ばらせた。
ruruha
249
翔は俺を見た。
「ああ」
と言った。
「まだいたんだ」
その言い方に、少しだけ苛立ちが混じっていた。
「奈緒」
翔が言う。
「行くぞ」
奈緒は小さく頷いた。
そのまま歩き出す。
三人もついていく。
俺だけが残った。
その背中を見ていて、ふと思った。
小学校の頃。
奈緒はよく笑うやつだった。
翔は、誰よりうるさかった。
健太は、いつも誰かをからかっていた。
真里は、少し静かだったけど、たまに鋭いことを言った。
今は。
誰も笑っていない。
それから一週間後。
俺は、名前を聞いた。
偶然だった。
教室の後ろで、誰かが話していた。
「覚えてる?」
「誰?」
「ほら、中学の時」
名前が出た。
聞いたことのない名前だった。
でも。
「……あいつ、最後転校したよな」
「そりゃそうだろ」
「無理だってあんなの」
「誰が最初だっけ」
「三年のグループ」
「あと、あの四人も」
四人。
胸の奥が、少しだけ冷えた。
その日の放課後。
中庭に行った。
四人がいた。
また同じベンチだった。
俺は近づいた。
今度は、走らなかった。
「……話したい」
翔が顔を上げた。
「何」
「中学のこと」
沈黙。
風が吹く。
桜はもうほとんど残っていなかった。
「……誰に聞いた」
健太が言った。
「少しだけ」
「少しだけ、ね」
翔が笑った。
でも目は笑っていない。
「で? 何が知りたい」
「何があったのか」
翔はしばらく黙っていた。
それから言った。
「別に
大したことじゃない」
どこかで聞いた言葉だった。
「よくあるやつだよ」
「……いじめ?」
「まあ」
翔は肩をすくめた。
「そんな感じ」
「誰がやってた」
「色々」
「お前らは?」
翔は少しだけ俺を見た。
「さあ」
とだけ言った。
その時。
真里が初めて口を開いた。
「やめなよ」
小さな声だった。
「何を」
翔が言う。
「今さら」
真里は俺を見た。
「……知らない方がいい」
「でも」
「本当に」
真里は言った。
「知らない方がいい」
その言い方が、少しだけ震えていた。
沈黙が落ちる。
その中で、健太が言った。
「……一人いた」
ぽつりと。
「三年の時。
ターゲット」
風が止まった気がした。
「最初は」
健太が続ける。
「ちょっとしたからかいだった」
「でも」
「止まらなくなった」
「誰が?」
俺が聞く。
健太は少し笑った。
「最初はあいつら。でも途中から、誰でもやるようになった」
翔が言う。
「最初はあいつら、三年のグループ」
少し間を置く。
「でも途中から」
健太は肩をすくめた。
「誰ってわけでもなくなった」
翔は俺を見た。
「クラス」
「学年」
「学校」
その言葉が、妙に重かった。
「お前らは」
俺は聞いた。
「何してた」
沈黙。
奈緒が言った。
「……見てた」
翔が言う。
「たまに笑った」
健太が言う。
「……何回か」
真里は言わなかった。
その時、初めて思った。
ああ。
これは。
変わったんじゃない。
壊れたんだ。
四人とも。
「……そいつ」
俺は聞いた。
「今は?」
健太は答えなかった。
翔が言った。
「転校」
「そりゃそうだろ」
しばらく、誰も何も言わなかった。
やがて、翔が立ち上がった。
「満足?」
「……」
「聞きたかったんだろ」
翔は言った。
「これが答え」
それから、少しだけ笑った。
「で」
俺を見る。
「もし」
「お前が中学にいたら」
翔は言った。
「どっちだったと思う?」
その言葉が、胸の奥に落ちた。
答えは出なかった。
ただ。
ふと、思った。
俺は。
本当に。
違う側だったと言えるのか。
昔の河川敷を思い出していた。
夕焼けの中で、五人で笑っていた。
あの時間の中には。
たぶん。
まだ。
誰も壊れていなかった。
あの頃の俺たちは。
まだ。
誰も。
そっち側じゃなかった。