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三度目の出現は、公の場で起きた。
王都中央広場。
夜会の最中だった。
貴族たちの感情色が、煌びやかに空へ立ち上る。
祝賀の銀、嫉妬の紫、計算された桃色。
そのどれでもない光が、空の一角に灯った。
「……まただ」
誰かが呟く。
今度は肉眼でもわずかに分かるほど、透明な明滅だった。
だが記録水晶は反応しない。
色を持たないため、基準外。
ざわめきが広がる。
「不吉では」
「観測不能とは何事だ」
恐怖の灰色が滲み始める。
エリュネは王太子の隣に立っていた。
彼の金色は保たれている。
だが、その内側に微細な乱れ。
「公の場で三度目だ」
低く呟く声。
「偶発ではない」
「はい」
エリュネは空を見上げる。
透明な光は、強くも弱くもない。
ただ、そこにある。
「殿下、宣言を」
側近が進言する。
「現象の否定を。民を安心させる言葉を」
否定。
存在を認めなければ、恐怖は収まる。
だが王太子は沈黙する。
「……否定はできない」
その一言に、周囲の色がざわめいた。
「記録できないが、観測はされている。虚偽は後に混乱を招く」
合理。
だが政治としては危うい。
エリュネは一歩前に出る。
視線が集まる。
無色は、群衆の中で異質だ。
「本現象は、既存の感情波形に該当しません」
声は静か。
「しかし、現時点で災害性は確認されていません」
事実のみを述べる。
色がないからこそ、波紋も立たない。
「未知であることは、即ち脅威ではありません」
広場に沈黙が落ちる。
人々は、色を探す。
怒りも、歓喜も、恐怖も。
だが彼女からは何も出ない。
代わりに、空の透明な光が、わずかに強まった。
王太子がそれを見上げる。
「未知を観測する」
彼は宣言する。
「これより王家は、当該現象を正式に研究対象とする」
群衆の色が揺れる。
不安の灰が、理性の青へと変わり始める。
方向が示されたからだ。
透明な光が、静かに安定する。
夜会は再開されたが、ざわめきは消えない。
やがて広場を離れ、回廊へ。
「助かった」
王太子が言う。
「私は否定するか、認めるかで迷っていた」
「迷いは合理です」
「迷いを公に見せるのは弱さだ」
「人は揺れます」
エリュネは答える。
「揺れない者の言葉は、恐怖を増幅させにくい」
彼は立ち止まる。
「君は揺れていないのか」
「揺れの定義が、皆と違うのかもしれません」
そのとき。
胸の奥に、かすかな違和感。
痛みではない。
熱でもない。
ただ、微細な振動。
同時に、遠くの空で透明な光が脈打つ。
王太子も気づく。
「今、強まったな」
「はい」
エリュネは胸に手を当てる。
鼓動は通常。
だが、何かが共鳴している。
「因果関係がある」
彼の声は確信に近い。
「君の状態変化と、あの光」
「状態変化と呼べるほどの変化はありません」
それでも、振動は続く。
「君は何を考えていた」
「殿下の迷いについて」
「……私か」
金色が、わずかに揺れる。
透明な光も、同じ周期で明滅する。
二つは似ていない。
金と透明。
だが、干渉している。
「愛ではない」
王太子が低く言う。
「少なくとも、従来の定義では」
「はい」
「では何だ」
エリュネは考える。
迷い。
選択。
隣に立ち続けるという意思。
「観測者への反応」
言葉が零れる。
「……何だと」
「殿下が見ようとするから、応じているのかもしれません」
見ること。
認めようとすること。
定義を疑うこと。
透明な光が、ひときわ強く瞬く。
それでも色はない。
「私が観測することで、存在が確定する?」
「仮説です」
王太子は夜空を見上げる。
金色が揺れ、しかし崩れない。
「ならば私は、観測し続ける」
決意の色。
透明な光は、静かに安定する。
エリュネの胸の振動も、次第に収まった。
完全な無色ではない。
だが、まだ名前はない。
王の条件。
星の条件。
そして、感情の条件。
揺らぎは、確実に広がっていた。