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放課後の相談室は、暖房が弱い。
椅子に座ったまま、相談者はしばらく黙っていた。
「……優しい人って、何ですか」
唐突でもなかった。
ずっと考えてきた末の声だった。
日下部は机に肘をつき、少しだけ眉を寄せる。
「抽象的だな」
「はい」
「何かあった?」
「いや……別に」
間。
相談者は視線を落としたまま続ける。
「優しいって言われる人、いるじゃないですか」
「いるな」
「でもその人、断らないだけっていうか」
言葉を探すように止まる。
「頼まれたら全部やるし、嫌でも笑ってるし」
「うん」
「それって優しいんですか」
日下部はすぐには答えない。
ペンを指で回しながら、少し考える。
「短期的には優しい」
「短期的」
「その場は丸く収まるからな」
淡々とした声。
「でも長期的には、周りが調子に乗る」
相談者が顔を上げる。
「……やっぱそうですか」
「優しさと都合のよさは、外から見分けつかない」
日下部は椅子の背にもたれた。
「断らない人間は、優しいって評価されやすい」
「はい」
「だが本当に優しいかは別」
間。
「じゃあ、本当の優しさって何ですか」
日下部は視線を天井に向けた。
「関係を壊さずに、無理なもんは無理って言えること」
即答だった。
相談者は少しだけ驚いた顔をする。
「それ、優しいんですか」
「言い方次第」
「でも、断ったら嫌われませんか」
「嫌われることもある」
あっさり言う。
「だが、全部受ける人間はいずれ軽く扱われる」
沈黙。
「……」
「優しさって、相手の機嫌守ることじゃない」
日下部は続ける。
「関係を続ける前提で、自分も守ることだ」
「自分も」
「片方だけ守ると、どっちかが潰れる」
相談者の指が机の端をなぞる。
「じゃあ、今まで優しいって言われてた人は」
「消耗してる可能性が高い」
間を置かない。
「優しい人間ほど、限界が見えにくい」
相談者は小さく息を吐く。
「……なんか」
「うん」
「優しいって、思ってたより面倒ですね」
「面倒だな」
日下部は頷く。
「だが、全部受ける方が後で面倒になる」
相談者は少し考える。
「断るのって、怖いです」
「普通だ」
「関係切れそうで」
「切れるなら、それは最初から優しさで繋がってない」
言い切る声。
暖房の音だけが続く。
「……」
「本当に優しい人間は」
日下部はペンを置いた。
「自分を削ってまで相手を守らない」
静かな断定だった。
「削り続けると、最後、誰にも優しくできなくなる」
相談者は何も言わない。
ただ、少しだけ姿勢を正した。
「今日はそれでいい」
「……はい」
「次、考えとけ」
「何を」
「自分が優しくしたいのか、都合よく扱われたいのか」
相談者は苦笑する。
「難しいですね」
「だろうな」
日下部は椅子を戻した。
「だから相談室がある」