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咳き込みながら床に崩れた遥の肩を、誰かの足が無造作に小突いた。
「おい、もう動けねぇじゃん。雑巾壊れたか?」
「壊れたらまた買い替えりゃいいんだよ。……って無理か、人間だし」
笑い声が重なる。
一人がスマホを取り出し、カメラを向けた。
「なあ、これ撮っとこうぜ。マジ傑作じゃね?」
「おー、映えそう。シャンプーごっこの仕上がりだな」
「髪べっちゃべちゃだし、顔真っ赤だし。やば、マジ惨め」
フラッシュが光り、遥は思わず目を背けた。
「やめ……やめて……撮らないで……」
弱々しい声はすぐに笑い声にかき消される。
「何泣いてんの? もうみんなに見せてやろうぜ」
「クラスのグループに投げとけば、ずっとネタにできるし」
「ほら、もう一枚! もっと顔上げろよ!」
顎を乱暴につかまれ、濡れた髪を引き上げられる。シャッター音が無遠慮に響き渡り、遥は目をぎゅっとつぶった。
「なぁ、これ次やるときの“証拠”にもしよーぜ」
「逃げようとしたら、写真ばらまくって言えばすぐ従うだろ」
「だな。次はもっと面白い遊び考えよう」
誰かがトイレの扉を蹴って開け、外に出ていった。残った数人も笑いながらスマホをしまい、遥を床に置き去りにする。
「んじゃ、また明日な“雑巾”。風邪ひくなよー」
ひときわ大きな笑い声を残し、足音が遠ざかる。
――静寂。
床に広がる水溜まりの中で、遥はしばらく動けなかった。
髪から滴る水が頬を伝い、濡れた制服が重たく肌に貼りつく。
傷んだ火傷跡と爪のない指先に冷たさが染み込み、吐き気と寒気が波のように押し寄せる。
「……っ……」
かすかな声を出した瞬間、喉に残った便器水の臭気でまた吐き気がこみ上げた。
必死に堪えながら、彼はただ膝を抱え込む。
――笑われる。
――見られる。
――また明日も。
その思いだけが頭を埋め尽くし、逃げ場はどこにもなかった。